「アンヌ隊員」ことひし美ゆり子さんに逢ってきた【ウルトラセブン】

一昨年の7月の事ですのでかなり前のことになりますが、「ウルトラセブン」の「アンヌ隊員」ことひし美ゆり子さんにお会いしてきました。

私の世代的にはウルトラシリーズというと1971年の「帰ってきたウルトラマン」がリアルタイムで、ウルトラセブンの本放送(1967年~68年)の頃はおそらく見ていたんでしょうがまだ小さかったので記憶に無く、覚えているのは本放送後1970年頃までに頻繁に行われていた再放送の方です。

「ウルトラセブン」は前番組の「ウルトラマン」より若干上の年齢層を意識しており、子供番組でありながらその独特なハードSFに通ずる世界観は現在でも高い人気を誇っています。

ウルトラシリーズに出てくる怪獣や異星人と戦う特殊チームの設定やデザインもこれまたあの時代に於いては十分未来を感じさせるカッコイイもので、その隊員の中には必ず紅一点と言える女性隊員が1人(もしくは2人)出てきます。

中でも「ウルトラセブン」でひし美ゆり子さんが演じた「ウルトラ警備隊」の「アンヌ隊員」は別格で21世紀の今でも歴代女性隊員の人気投票をやると必ず1位もしくは上位になるほどの人気です。もっとも当のご本人はつい10数年前まで当時少年だった人たちに今でもそんなに人気があるともつゆ知らず、ごく普通の主婦として暮らしておられた訳ですが。


で、幼少の頃から特撮モノが大好きだった私もご多分に漏れずひそかにファンだったのですが、むしろ決定的にこの方のファンになったのは、「ウルトラセブン」の後の「お色気女優」的な仕事をされていた時期でした。「週刊プレイボーイ」に「変身!アンヌ隊員」のコピーとともに掲載されたヌードグラビアを見てから完全に憧れてしまいまして、私が小学校の時に東映の成人映画に出られた時なんかはどうしても観たくて屋根伝いに映画館に忍び込んで観たくらいでしたから、まぁませたガキだったなぁといえばそれまでですが(笑)。(ちなみに「好色元禄(秘)物語」という映画。成人映画なので確かに裸のシーンもありますが良い映画ですよ)

特撮ファンであり古いB級日本映画のファンでもある私にとってはそれ以来変わらず永遠の憧れの女優さんの一人なのです。もうすでに還暦を過ぎておられますが、今でも年齢を感じさせずお綺麗な方です。

私の場合、山口での学生時代も、社会人になって東京に出てからも、Uターンで山口に戻ってきてからも、身近には同好の士がおりませんで、いわばひとりでこつこつ特撮ファン活動をやっていた「スタンドアローン」なファンであったわけですが、パソコン通信の時代になって少しずつ離れたところに同じ趣味の知り合いが増えていきました。特撮ファンの世界というのは意外に狭いもので真面目にこつこつファン活動やってると声かけてくれる人も結構いて、だんだんとその輪が広がっていきました。

そうこうしてると「こいつは常識的に振る舞えるある程度信用できるヤツだろう」と認められれば仲間内のオフ会などに呼ばれるようになります。行き過ぎた「まにあな人たち」の中には結構「イッちゃってる危ない人」も多いのです。(アニメファンなんかにも多いですよね)

そして1997年のある日、ひし美さんを交えての仲間内でのオフ会に誘われたのです。当時はひし美さんは全く表舞台には出ておられませんでしたので、まさか直接お会い出来る機会が来るとは到底思ってもおらず、とても楽しみに参加したのを覚えています。

素顔のひし美さんはおしとやかで聡明なアンヌ隊員とは違って姉御肌の陽気な気配りのやさしい女性でした。会場はひし美さんの旦那さんが経営されている台湾料理の店「台北飯店」(調布店では無く今は無くなってしまった三鷹店)でしたが、旦那さんの出身地と同じ山口県から来たこともあってか、はたまた私がひし美さんのウルトラセブン以外の出演作も多くチェックして観ていたからなのか初対面ながら話が弾みすっかり打ち解けてしまいました。

その後いくつかのイベントに参加したりしているうちにすっかり意気投合して仲良くなり、それ以来お付き合いが続いています。でもずっと「憧れの女優さん」であるスタンスは私の中で変わりません。

その後、私は山口県在住ですからそうそう直接お会いする機会は無かったのですが、2010年の7月、東京に行く機会が出来たのをきっかけに東京在住の当時の仲間連中数人とひし美さんに会いに行く計画を立て実行に移しました。場所は調布にあるひし美さんのお店「アジアン・タイペイ」。実に11年ぶりの再会です。(その間もネット上他での交流は続いていました。全くもってファン冥利に尽きます…)



この間にひし美さんは「公式HP」「ブログ」「ツイッター」ととても同世代の女優さんでは考えられないほどネットを自由に使いこなされるようになっており(HPはファンの管理ですが、ツイッターとブログは自力で試行錯誤しながら始められました。ちなみにMac使いです)。多分現在ではウルトラシリーズに出演した俳優さんの中で最もネット上でファンとの交流を活発にされている方だと思います。

この日は久しぶりにお会いするにも関わらずあの頃と同じようにざっくばらんに応対していただき、とても楽しい会となりました。(この日は私の高校時代の友人が隠れアンヌファンだったことが判ったので二人して山口から会いに行きました)


そして1年数ヶ月が過ぎ、ひし美さんから「今度「牙狼」(テレビ東京系)の劇場舞台挨拶で初めて博多に行くんだけど」と連絡がありました。私がこの機会を逃すはずはありません。即答で「見に行きます」と答えて当日出かけることにしました。

2011年10月22日(土)、博多の中州大洋劇場で舞台挨拶がありました。これは撮影できませんが、「牙狼」の公式HPに当日の写真が載ってますのでリンクを張っておきます。(こちら)ひし美さんを久しぶりに生で見れたのも嬉しかったですが、特撮ファンとしては雨宮慶太監督も見れたのが嬉しかったです。(お二人はこの日TVQ九州の番組「チラチラパンチ」の取材も受けられたようです。Youtubeにアップされてます(こちら))

翌日もイベントがあったのでこの日は博多に宿泊しようとしたのですが、なぜだかどこのビジネス・カプセルホテルも全く空きが無かったので天神のネットカフェで雑魚寝をしました。

余談ですけど、舞台挨拶の前に博多駅前のナムコのゲーセンで「アイドルマスター」のキャンペーンをやってるという情報も掴んでいたのでついでにそっちにも行ってゲットした戦利品を眺めながら眠りにつきました(笑)。アイマスとくれば黙ってられない私です。



ネットカフェで戦利品にまみれて寝るのはなかなかの至福の時間であります(笑)


本題からそれちゃいましたけど、翌23日(日)は天神中央公園で地元のニューハーフタレントの「和央ゆうか」さんとトークショー。ひし美さんが着てるのはウルトラ警備隊のユニフォームを模したサイクルジャージ。わざわざ持参されたそうでそのサービス精神に頭が下がります。その後は和央ゆうかさんのお店(特撮&アニソンバー)に移って更にディープなトークショーとなりました。

今回は個人的にお話出来る機会はありませんでしたが、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。今年はウルトラセブン45周年ですので、いろんなイベントが企画されていると思います。またどこかでお会い出来るといいなぁと思いつつ、参加出来るイベントには積極的に参加しようと思っています。

「アンヌ隊員」だけでなく「女優・ひし美ゆり子」の足跡は昨年筑摩書房から出版された「万華鏡の女」(ひし美さんと映画評論家・樋口尚文さんとの共著)に詳しいです。興味のある方はぜひお読みになってみてください。

余談ですがこの本の中にアニメ監督の押井 守さんの実写映画に出演依頼が来て周囲に相談したら「ぜひ出るべきですよ」と言われオファーを受けたとのくだりがありますが、その時の相談相手の中で「絶対に出るべきです!」とものすごく強く勧めたうちの1人が私です。押井監督、感謝してよネ(笑)。ちなみに「どんな映画撮る人なの?」と聞かれて「ひし美さんが観たら5分で眠くなる映画です」って答えたのも私ですが…(爆)

もしタイムマシンがあるのなら、あの頃山口の片田舎でウルトラセブンを観ていた当時の自分に教えてあげたいですね。「いつか大きくなったらこの人に会える日が来るよ」って。

資生堂の宣伝史を振り返ってみた(その4)

今日は就活で某県某所に来ています。今ホテルでこれ書いてます。今の仕事は春までなのでしばらくはあちこちに忙しく出かけることになりそうです。

またWindows7への移行にあたってブログエディタを全面的に「Windows Live Writer」に変えました。今までジャストシステムが出していた「xfy BLOG Editor」の無料版がとても使いやすくて愛用していたのですが、去年サポートが終わってしまい、最近はFC2の仕様変更に伴ってか正常にアップ出来なくなっていた事もあって踏み切りました。まだ慣れてないのですが、無料の割にはWord感覚で使えてなかなかいい感じです。FC2ではカテゴリが反映されなかったりするのがちょっと困るとかいろいろありますが・・・まぁMicrosoftの無料版ソフトですからあまり過度な期待しても(爆)

てな訳で先日の続きです。



'68年「ピンクポップ」(口紅・ネイルカラー)。とても40年前のセンスとは思えない明るく楽しくおしゃれなCM。お茶目な魅力たっぷりなモデルさんはティナ・ラッツさん。当時17歳。この撮影は深夜までかかったそうですが終始笑顔を絶やすことはなかったそうで、この後日本のみならず世界的にも大人気のモデルさんになります。この作品、機会があればぜひ見てみてください。それにしても口紅400円だったんだね、当時。


'68年「メイクアップ印象派」(クリームパクト)。冒頭かなりの時間無音状態が続いてびっくりさせられます。CMは10秒以上連続して無音状態ではいけないと規定がありますのでそれを逆手に取った演出ですね。映像は印象派の名にふさわしく、かなり実験的かつ先鋭的でなおかつもの静かな描写が続きます。プリントの退色がかなり進んでいてオリジナルの色がどうだったのか見てみたい気持ちになります。(キャプチャー写真は補正したもの)。吸い込まれそうな瞳のモデルさんは岸さおりさん。杉山登志氏の作品。


'69年「インディアンルック」(ピンクパウワウ口紅)。この当時こういうファッションが流行ったのかなぁ、どうなんだろ。サイケ&ヒッピーな時代ですけどね。珍しくメイクの課程を見せていくタイプのCMです。モデルさんはバニー・ラッツさん。上に書いたティナ・ラッツさんの実のお姉さん。「ピンクポップ」の撮影時にティナ・ラッツさんに同行していたところをスカウトされ、この後資生堂CMに欠かせないモデルさんになっていきます。姉妹で資生堂のキャンペーンモデルを務めたのってこの二人だけじゃないのかなぁ、たぶん。


'69年「ボラボラカヌー」(ビューティケイク ブロンズ)。カヌーを漕いでる人は現地調達のエキストラ。なのでなかなか自然な笑顔が出ずに終始表情が硬くて撮影には苦労したそうです。どうやってみんなの自然な笑顔を引き出したかというとそこは裏話があるのですが、ちょっとここに書くのもどうかとも思うのでご想像におまかせします。モデルは大里リンダさん。サマーキャンペーン初のカラーCM。


'69年「ジェラシー」(MG5)。'67年に誕生して一世を風靡した日本初の男性用総合化粧品ブランド、MG5のCM。このボトルデザインは今見てもカッコいいと思います。モデルは団次郎(現:団時朗)さん。私の世代的には「帰ってきたウルトラマン」のお兄さんですね。日本人離れしてカッコ良かったなぁ。団さんがダルメシアンを連れてるという絵柄は初期のMG5のキービジュアルと言えるもので、このCMでは散歩途中に団さんがかわいい捨て犬を見つけて溺愛。あわやダルメシアン君は・・・というもの。毎回少しコミカルな味がMG5のCMの特徴でした。MG5、驚くことに今もあるんだよね。しかも価格も当時とあまり変わらない。ドラッグストアの棚の一番下に柳屋ポマードとか丹頂チックとかバイタリスとかと一緒に並んでるのが定位置。女性用で言うところの”おばあちゃんの化粧品”ことドルックス(昔は高級化粧品)と同じ扱いと思ってもらえればわかりやすいかと。


'69年「めぐりあい」(オーデコロンモア)。資生堂宣伝史のブックレットでは'70年となってるんだけど、'69年の作品です。引きの定点撮影で明らかなストーリーを感じさせる演出が秀逸。見たら感心すると思います。印象的なCMソングを歌ってるのは町田義人さん。角川映画「野生の証明」の主題歌のあの人ですね。モデルは大島あきよさん・・・ってこの距離じゃ誰だかわかんないけど(笑)。この「モア」ってオーデコロンもまだあるんじゃないのかなぁ。資生堂の商品、ライフサイクルが長いものはすごく長いよね。最近は「メガブランド構想」とかで徐々に少量ブランドが消えつつあるみたいですが。


'69年「オリーブ連隊」(オリーブ石鹸)。日本のCM史に残る金字塔。カンヌ広告映画祭金賞・CM全米フェスティバル大賞・ACCグランプリの三冠王を達成しアメリカCM殿堂入りまでしてしまった名作。オチのあるCMなので内容は詳しく書きません。ぜひDVDなどでご覧くださいませ。楽しいよ。出演したのは新宿の葵幼稚園の園児さんたちでした。それにしても木の桶って見なくなりましたね。銭湯はほとんど黄色の「ケロリン桶」だもんね。それすら最近は減ってきてるんだそうで。


'69年「おくりものに迷ったら」(オリーブ石鹸)。モデルさんはその愛くるしい魅力で「美人」の概念を変えてしまった秋川リサさん。このCMの前にテイジンの「ピーターパン水着」のCMで一躍人気者になりました。どちらかというと一般人とはかけ離れた美しさを持つモデルさんが多く登場する資生堂CMにおいて異色の存在ながら特に石鹸等のトイレタリー商品その他でこの後資生堂CMに無くてはならないモデルさんになっていきます。


'70年「ティナの電話」(ラブインカラー口紅)。「電話なんて信じない♪」の軽快なCMソングにのって意地でも電話に出ない女心。モデルさんはティナ・ラッツさん。仕草や振る舞いにティナの魅力全開でなかなかおしゃれなCMです。このラブインカラーのCMを演じる「ラブインガール」は確か4人いて、一人一人が主人公のものが週替わりで放送されていたという当時としては画期的なCMでした。ちなみにこの写真の来週のラブインガールは街田リーヌさん。黒沢年男さんの奥さんですね。あとの二人は知りません、すみません。

今回はここまで。続きはまた。

しつこいようですが本編がご覧になりたい方はぜひ「資生堂のCM」(エイベックスイオ)をどうぞ。ここに載せた全部が収録されてるわけではありませんけど・・・。

資生堂の宣伝史を振り返ってみた(その3)

前回の続きです。


ちょっと前後してしまいますが、'62年の「ワゴン」(資生堂香水)。高貴かつ優雅な雰囲気漂う60秒のCM。モデルはこの時期の資生堂CMの常連、真鍋賀子さん。当時は香水って大変な高級品だと思うのですが、入れ物が容器の加工技術の関係なのか意外とありきたりですね。「物事は全てリッチでなければならない」。「高貴さ、上品さ、化粧をすることの楽しさ、落ち着いた美しさ」。資生堂の美意識がよく現れたCMだと思います。


'64年「メークアップトウキョー」(口紅・ネイルエナメル)。この年の春のキャンペーンは秋に控えた東京オリンピックを意識した「東京の24時間を彩る色を口紅とエナメルに」と言う訳で東京の24時間を闊歩する女性達が次々登場します。このキャンペーンが評判を呼び口紅がずいぶん売れたそうで。


'65年「チェリーピンク」(チェリーピンク口紅)。モデルはまたまた高橋美恵さん。この当時の資生堂のファニーフェイスの代表と言うべき人で、化粧品のみならず石けん等のトイレタリー商品まで、資生堂CMの出演本数は群を抜いて多いです。春の高揚した気分を表すかのようにモデルさんも口紅もブランコに乗って揺れる揺れる。それもこのブランコ、前後だけでなく左右にも揺れる。その映像は斬新そのもの。当時はそんなブランコなんか無かったのでこのCMの為の特注品。印象的なCMソングは桜井順氏。歌ってるのはスリー・グレイセス。このキャンペーンを発端に60年代後半はピンクの口紅が大流行したそうです。ACCグランプリ受賞。杉山登志氏の作品。


'65年「タンゴ」(スペシャル口紅・ブレストパウダー)。'63年の「サイコロ」を更に進化させた立体オブジェアニメーション。当時の技術の粋を集めてタンゴのリズムに合わせて動画が、写真が、オブジェがアニメで、合成で動きまくる。一見の価値ありです。モデルはやはり当時の資生堂の常連、札辻輝子さんとジェリー伊藤さん。カンヌ広告映画祭銀賞受賞のこの作品、もちろんディレクターは杉山登志氏。


'66年「ピンクピンク」(口紅)。前年に引き続きピンクの口紅のキャンペーン。軽快な音楽に乗って登場はまたまた高橋美恵さん。しかしモノクロのCMなんだけどなんとなく色が連想出来てしまう演出が凄い。これも杉山登志氏の作品ですが、氏の作品、しいては氏の所属する日本天然色映画が手がけた作品あたりから日本のTVCMは「商品名や効能の連呼型」から「その商品を買うこと・使うことによって生じる楽しさ・便利さを連想させるイメージ型」へと変化していったように思います。


'67年「リップアート」(リップカラー)。67年のキャンペーンはモデルさんでは無く東宝の女優さんである高橋紀子さんが登場。現在はTVドラマ「青春とはなんだ」で20代半ばの実年齢ながらそれ以上の異様に老けた風貌で高校生役を演じていた俳優の寺田農さんの奥さんですね。CM曲とそれを口ずさんでいる映像がシンクロしている軽快なCMです。


'67年「渚にて」(ビューティーケイク・メイクアップローション)。ロケ地はハワイ。まだCMの海外ロケは珍しかった時代(というかこれが日本初の海外ロケCMだったような気が…知ってる方教えて下さいませ)。モデルは初代サマーギャルの前田美波里さんと村田秀雄(後の団次郎、さらに現:団時朗)さん。来宮良子さんの静かなナレーションが落ち着いた優雅なひとときを感じさせる、現在では考えられない贅沢なCMです。

今回はこんなところで続きはまた。

実際のCMが見たい方はぜひ「資生堂のCM」(エイベックスイオ)をお買い求め下さいませ。損はしないと思いますよ。

資生堂の宣伝史を振り返ってみた(その2)

前回の記事に問い合わせがありました。

件の「資生堂宣伝史」はどうにかして入手または見ることが出来ないのか?。

またそれ以外で資生堂の歴代CMを観ることが出来ないのか?。


まず「資生堂宣伝史」ですが、さすがに出版から20年経ってますしもともと非売品なので、古書店かオークションくらいでしか入手は出来ません。

良品だと4~5万円はすると思います。安いのはそれなりに本の痛みやテープの劣化などがあるかと。

気をつけないといけないのはテープの状態で、VHSテープの場合は保管状態も影響するので必ずしも「未開封」と謳ってあるものがいいとも一概に言えません。むしろ再生確認してあるほうが良いかも知れませんのでこのへんは各人でご判断を。

中にはテープをDVDに起こしてそれだけを販売している輩が居ますが当然ながら手を出されないことをお勧めします。

テープだけじゃなくて書籍そのものにも興味がある方は買って損はしないと思います。印刷とかむちゃくちゃ綺麗ですし。

「資生堂宣伝史」には1979年版と1992年版がありますのでお間違えないように(TV・CM篇があるのは1992年版)。

またとりあえず見てみたいというのであれば意外と簡単です。

この本、一般的な「社史」と同じように当時全国のかなりの公営図書館に寄贈されてます。

ですのでお近くの図書館で蔵書として所蔵されてる率も高いので問い合わせてみることをお勧めします。

(最近はほとんどの図書館で蔵書のネット検索もできます)

ただ閲覧のみで一般貸し出し不可扱いだったり、テープは貸し出し不可等の場合もありますので、その場合は係の方と交渉してみてください。

(私の住んでる山口県でも何カ所かは蔵書として持ってるようなので全国的に所蔵してる図書館は多いと思います)

でもホントの一番の問題は今現在DVDが主力の時代に各家庭にVHSテープの再生環境がまだ今もあるかどうかですよね(笑)。借りてきた変なデッキ使って巻き込んだらシャレにならないし。


またCM自体を見る方法はいくつかありまして、

まずエイベックスイオから「資生堂のCM」というDVDが2本発売されています(Vol1.Vol2)

また内容に一部ダブリがあり、資生堂のCMだけが収録されてる訳ではありませんが、杉山登志作品中心であれば「ACC50周年企画DVDシリーズ~CMにチャンネルをあわせた日 杉山登志TVCM作品集」というのも発売されてます。

どちらも現行商品ですのでAmazonあたりで入手出来ます。

この手の商品にありがちな「アレが、コレが入ってない」という不満があるかもですが、正規商品としてリリースされるだけでも良い時代だと思います。

その他、法的には?ですが、Youtubeでもかなりの作品は見ることが出来ます。「資生堂のCM」とかででも検索していただければ。映像の元ネタは「資生堂宣伝史」からのものがほとんどみたいですが。

その他代表的なものは銀座の「ハウス・オブ・シセイドウ」や静岡県掛川市の「資生堂企業資料館」でも見ることが出来ますのでお問い合わせされてみると良いかもです。特に資生堂企業資料館はポスターなどその他の展示もありますので、資生堂フリークにはお勧めです。

そんなところでしょうか。風邪引いてしまったので寝ます。続きはまた。

資生堂の宣伝史を振り返ってみた(その1)

新年最初の書き込みになります。本年もどうぞよろしくお願い致します。

去年の秋からほとんどネットカフェに泊まり込んでまして、家に帰ったのがその間5回という・・・もう病気ですね。

さて、表題の件ですが、久しぶりにある書籍を開いてみました。それがこれ。

この本は「資生堂宣伝史」という本で1992年に資生堂が製作し、関係各方面に配布した非売品の豪華本です。

総合篇(1979年~1991年)、TV・CM篇(1960年~1991年)、セルジュ・ルタンス篇(1980年~1991年)の3冊に分かれています。

資生堂は1979年にも同じタイトルの「資生堂宣伝史」という本を出していまして、(歴史・現代・花椿抄の3冊で1セット)それには1979年までの資生堂の宣伝の歴史(ポスターや花椿マークなどの意匠、宣伝紙「花椿」について他)が収められており、この1992年版と併せると創業から1991年までの資生堂の宣伝の歴史が一望できるというものです。(一緒に紹介しようと思ったけどどこにしまったのか見つからない(^^;

資生堂と言えば皆さん「宣伝が上手い」とのイメージを持たれてるとは思いますが、非売品でありながら紙質・装丁とも超豪華なこういう書籍を発行するあたりが資生堂という会社が「自社の宣伝活動そのものが文化であり財産である」というプライドを持っている事の表れだと思います。




総合篇にはポスターや店頭宣材・新聞広告などの他、百貨店の売り場デザイン、ザ・ギンザやハウス・オブ・シセイドウ等の直営店舗のデザイン、容器・パッケージの変遷などが余すところ無く収められています。


セルジュ・ルタンス篇には1980年から資生堂の海外宣伝や日本国内では高級化粧品インウイの宣伝展開を担当しているデザイナー(というよりクリエイターと言った方がいいのか)セルジュ・ルタンスの手によるアートワークの数々が収められています。

そしてこの1992年版の白眉と言えるのがTV・CM篇です。


本型のケースを開けると中にはVHSテープが2本とブックレット1冊。この2本のテープに1961年からの資生堂のテレビCMがほとんど収められています(セルジュ・ルタンスの手によるものも含む)。数えたこと無いけど300本近く収録されてるんじゃないかと思います。通常過去のテレビCMをソフト化しようとするとそのCMに関わった人全て(特に出演者)の許可を取らなければならないといっても過言では無く、それがCMがソフト化しない大きな理由なのですが、この本自体が非売品で営利目的では無く、発行部数も限られなおかつ不正コピーを防ぐためマクロビジョンによるコピーガードを施す(その旨明記してある)ことによって実現したものと思われます。CM好きな人には超貴重映像満載のテープなのです。

それゆえこの本、オークションや古書店では数万円のべらぼうな値段が付きます。私はひょんな事から譲り受けたのですが。

この収録作品はどれも資生堂のテレビCMのレベルの高さをまざまざと見せつけてくれます。今回はそのうちいくつかをご紹介してみようと思います。



資生堂初のテレビCMにして初のキャンペーン。'61年の「キャンディートーン」(キャンディートーン口紅)。昭和36年にしてすでにカラーなのは当時の資生堂一社提供番組「光子の窓」(日本テレビ)がカラー放送だったから(ちなみに日本のカラー放送は前年の昭和35年に開始。「光子の窓」は日本で初めてカラーVTRを使用した番組)。しかし実際には当時のカラーフィルムおよびカラーテレビ受像機は色の再現性がまだまだで化粧品会社の要求するレベルでは無かったためかこの後'70年頃までモノクロでCMが作られることとなる(日本のテレビが全日カラー放送となったのは1971年)


当時17歳の吉永小百合さんが出演した'62年の「トランプ」(ティーンズ化粧品)。ここまでくると可愛らしさが神がかってるというか世のサユリスト達の気持ちがわかるような気がします。ヒロケンこと広瀬健次郎氏の軽快な音楽に乗ってホリゾントの前にオブジェを置いただけのスタジオで踊る様子に当時が偲ばれます。しかし三木鶏郎氏を始め広瀬健次郎氏や桜井順氏など創世記のテレビCMの作曲家達の「耳に残るわかりやすいメロディー作り」のテクニックには恐れ入ります。

ここまでの2本はさすがに50年前のカラーフィルムだけに原版が劣化&真っ赤に褪色して見づらいので元の動画をTMPGEncで色調補正してキャプチャーしましたが、多分本来のオリジナルプリントの色味とは全然違ってると思います。すみません。

だってビデオに収録されてる原版の色って↓こんなんだもん(笑)

'64年の日活映画「月曜日のユカ」などでおなじみ、元祖小悪魔・加賀まりこさんが出演した(・・って言っても静止画のみ。動画で登場は”トルナラ・トッテミーロ”の藤村有弘氏)'62年の「レディは清潔さがお好き」(男子用化粧品)。当時の資生堂の男性向け化粧品にはブランド名がまだ無く、そのまま「資生堂男子用化粧品」という名前でした。


'63年「サイコロ」(ファッションベイル)。日本のテレビCM初の海外受賞(カンヌ広告映画祭銀賞)。サイコロ型のオブジェをコマ撮りしたクレイアニメーションは当時新鮮に受け取られたと思います。日本初のテレビアニメである「鉄腕アトム」が始まった年ですもんね。しかも音楽に合わせてリズミカルに動く。つまりコマ数を厳密に計算しないと出来ない。おまけに置く位置がちょっとズレても失敗だし。実際の作業は大変でフィルムが現像から上がってこないと成功したかわからないので、2回ほど取り直したという記録が残っているそうです。モデルは当時の資生堂を代表する高橋美恵さん。ディレクターは”天才”の名を欲しいままにした日本天然色映画所属の杉山登志氏。杉山氏に関しては今更私なんかが語るまでもないのですが、またちょと別の機会に触れてみようかと思います。

ちょっと長くなりそうなので続きはまた。

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缶コーラ

Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

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