【私の好きな懐かしテレビ】スーパーバラエティショー「いい加減にします!」


番組のオープニングタイトル。正式なタイトルは「スーパーバラエティショー いい加減にします!」だった。

 1984年頃からTVのお笑いの世界に台頭してきた三宅裕司。当時「新時代の笑いの天才出現!」的扱いで一躍時代の寵児となります。最初にプッシュしたのは主にTBS。比較的名前が知れてくる前の初期の段階から「三宅裕司が止まンない」という単発ながら冠番組を用意したり、彼の率いる劇団SET(スーパー・エキセントリック・シアター)を全面的に起用したレギュラー番組「冗談ストリート」等が製作され、基本的にはコントドラマながらちゃんとドラマ性を確保したきちんとした作りが深夜帯ながら好評を博しました。

 そんな中、日本テレビも三宅裕司を起用したコント番組を立ち上げました。それが「スーパーバラエティショー いい加減にします!」です。84年10月~85年3月、土曜夜10時の放送。30分のスタジオコント番組でした。

 この番組、スタート時の目玉は三宅と同じアミューズ所属のサザンオールスターズが出演したり、西田敏行、植木等などのビッグゲストの出演が話題を呼びましたが、何と言ってもすばらしかったのは伊東四朗とのコンビの確立でした。かねてよりお互い共演のラブコールを送っていた三宅と伊東ですがそれがこの番組で実現したのです。往年の伊東四朗・小松政夫コンビに匹敵する程の息のあったコントは素晴らしいです。


西田敏行、植木等等出演者やゲストも豪華だったが、最大の収穫は伊東四朗とのコンビを確立した事でしょう。エンディングトークではSETの面々も顔を出していました。三宅の着てる「WAY-OUT」のトレーナーが時代を感じさせます。

 番組途中で変更はありましたが、後期のレギュラー出演者は三宅裕司、伊東四朗、小柳ルミ子、SET、そしてアイドルデビュー間もない松本明子でした。これらのメンバーが演じるスタジオショートコントで番組は構成されます。(一部ロケもあり)

 出演者が落ち着いてからの番組はオープニング→オープニングトーク→ショートコント数本→伊東四朗とのツッコミ歌コント→エンディングトークという流れでした。そしてこの番組で最大の評判となったのが伊東四朗とのツッコミ歌コントです。

 山岳パーティー仲間、売店の店員と客、葬儀屋等毎回設定は変わりますが、基本は同じ。三宅のセリフの言葉尻を取り、伊東が歌い出し、それにつられて三宅も歌い出すというパターン。
三宅「俺たちはあさって東京に帰らなければならないんだ。」
伊東「はぁ、あさってですか・・。あさって、あさって、アさて、さてさてさて♪」
三宅・伊東「さては南京玉すだれ♪。お目に留まればお目に留まれば・・」
三宅「歌ってる場合か!」
・・てな具合で応酬が繰り返されていきます。




山岳パーティー仲間、小説家と編集者、売店の店員と客、タバコ屋のおばあさんと雑誌記者、こそ泥仲間、葬儀屋等いろんなシチュエーションがあったがやってることはみな同じ。息のぴったり合った掛け合いは見もの。

この伊東・三宅のコンビはこの番組以降長らく封印されそれ故この番組も「伝説の番組」的扱いをされていましたが、この二人はその後も交流は続いていたようで98年のコントライブ「いい加減にしてみました」でついにコンビを復活させました。その後2002年に「いい加減にしてみました2」も上演されこの2つの舞台はTV放送されたあとビデオソフトで発売されました。現在入手が少し困難ですがぜひ一見されることをオススメします。

 惜しむらくはその原点である「いい加減にします!」が現時点でソフト化していない事です。諸般の事情はあるのでしょうがこのコンビの貴重なコントを埋もれさせておくのはもったいない、そう思うほど当時大笑いさせてもらった番組でした。


オープニングでは当時の出演者全員集合で「いい加減にします!」の大合唱。若かりし頃のSETメンバーの中にはまだ「SET隊」を組む前の岸谷五郎なんかの顔も見えます。最終回のラストは同じ絵ヅラで「いい加減にしましたー!」の合唱で終わりましたが、衣装が同じなので同時に撮ってたんでしょうね。


プロフィール

缶コーラ

Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

リンク
マイマイ新子と千年の魔法公式サイト
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
検索フォーム
メールフォーム
管理者宛メールはこちらのフォームからどうぞ。

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
ようこそ
Twitter update
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
ブログ内検索