「フケ症の人」は絶滅危惧種なのか?

 近頃テレビを観てると「いつからみんなこんなに潔癖性になったんだろう?」と思うくらい衛生用品やトイレタリー商品のCMが目に付きます。「除菌」がキーワードの商品ってのはそれこそいっぱいあるし、「ファブ○ーズ」とかの消臭用品も多い。CMなんかも夕べ焼き肉やったのが「バレてない」と主婦がほくそ笑むとか「そこまで臭いがしちゃいかんのか」と思うほどおおよそ異常で、でも実際そういう商品ってのは売れているらしい。「除菌」や「消臭」する代わりにいわば化学製品を部屋の中や肌の上にぶちまけてる訳で、こうなるとどっちが健康上よろしいんだろうかなんて考えてしまいます。そりゃうちにも最低限の消臭剤や芳香剤くらいはありますけど。

 昔からテレビのCMでおなじみの衛生用品と言えば、シャンプーとか歯磨きとかですが、最近特にシャンプー類のCMの出稿量って多いですね。なんかしょっちゅう目にしている感じ。それこそ私らと同じ人間と言うよりまるで作り物みたいに美しい女優さんやモデルさんたちがこれまた美しい髪を見せびらかしまくり、中には何人もの一線級の女優さんを起用してお金かけて「日本の女性は美しい」とまで。これでその気になっちゃうんだろうなぁ。千円ちょっとのシャンプーでそこまで変われるとは思えないんだけど。

 で、ふと気づいたんですが、そういえば最近のシャンプーのCMって「美しい髪」ばかりを訴えてるなぁと。昔はそれこそ「フケ・かゆみ」を全面に押し出してたもんだったんですけど、日本人の衛生環境がずいぶん改善されたのは確かだとは思うのですがちょっと不思議に思います。本当に「フケ・かゆみ」に悩む人はいなくなったのかと。

 昭和の時代だと流行語にもなった「フケ、いやいや~♪エチケットでシャンプー、エチケットでリンス♪」のエメロンエチケットシャンプーとか銘柄忘れたけど研ナオコを起用して「フケが降る、あなたは来ない♪」と替え歌まで用意したCMとか、もっぱら「フケ・かゆみの防止」を訴えたCMが圧倒的に多かった記憶があります。思い起こせばそんな流れが70年代くらいから確かに変わってきたと思います。日本の家屋に内風呂が普及したり、シャワーが普及してきたりと言った関係なんでしょうか?。70年代になると、街頭で髪のきれいな女性を後ろから撮影して「すみません、エメロンクリームリンスです、ちょっと後ろを・・・」と言って振り向かせる「エメロンクリームリンス振り向かないで編」とかのシリーズCMや、「まんまる顔の女の子はいい妻になれるって♪私ってなれそう~ねっ、バスボン♪」の松本ちえこを起用したバスボンシャンプーとか、ハワイの妖精アグネス・ラムを起用した「エメロンミンキートリートメント」とか、浅田美代子のカオーフェザーとか、大滝詠一の歌声で「髪に栄養を~ドレッサーしましょう♪」の花王ドレッサーとか確かに「実用より”見栄え”が良くなります」的な訴求に変わってきた気がします。

 もうその後はなんでも有りで「光ってますか、天使の輪♪」のキューティクルことエッセンシャルシャンプーとか街頭で石坂浩二が髪の水分をチェックする「アクアチェック」なるものをやる「髪の水分整える♪」のアクアミーシャンプーとかのあれはなんだったんだろう的なものから、ヘアコロンシャンプーとかリーゼとかフルーツシャワーとか植物派のジョナとかピュアとかシャインフローネとかティモテとか「めぞん一刻」と同じ斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」がCMソングのモーニングフレッシュとか・・・さらに時代が進むと違うコンセプトで薬師丸ひろ子の「ちゃん、りん、しゃん」の「soft in 1」に代表される「リンスインシャンプー」なるものまで登場してきます。

 そんな中で前述の「エチケットシャンプー」「メリット」あとは男性用のトニックシャンプーの系列、そして医薬品の「ミカロン」あたりが「フケ・かゆみ系」としては頑張っていたのですが、だんだんと目にしなくなっていき、現在でもCMで残ってるのは「メリット」くらいでしょうか。「ミカロン」なんて驚異の効き目で、以前使ったシャンプーが肌に合わなくて猛烈なフケ・かゆみに襲われたときに使ったらピタッと治って驚いた事がありますが、いつのまにか製造中止になってました。

 平成の現在、もはや「フケ・かゆみ系」のシャンプーCMはほとんど観なくなりました。間もなく地球上から「フケ・かゆみ」に悩む人が絶滅したという人類勝利宣言が行われるのかもしれません(んなアホな)

 でも思うんですが今まであれだけの種類のシャンプーリンスが出てきたんだから、そろそろ全ての「イイトコ取り」をした「これ1本で全てOKよん」みたいな究極の製品って出てもいいような気がするんですが。いわゆるキューティクルでアクアチェックでフケかゆみを止めてフルーツの香り満載で植物派で髪に栄養を与えてフレッシュでハーブでちゃんりんしゃんで日本の女性は美しいな製品、出ませんかねぇ?

 同じようにこれ1本でバネットでビトゥイーンでGUMでハロードクターチェックで毛先が球なハブラシとか、これ一つでエチケットでデンターでオンエアジェルでオーラ2でガードハローでクリアクリーンでホワイトアンドホワイトでアクアフレッシュな歯磨きとか出ないもんでしょうか?余談ですけど。

 余談ついでにそういえば昔はリンスって「キャップ一杯を洗面器のお湯で溶いて髪にかける」方式だったんだよね・・ってこんな事覚えてること自体がもうアレだよね。


懐かしい人には懐かしい、初代バスボン・ガール 松本ちえこ。
松本ちえこと5人の男性親衛隊が織りなすシリーズCMは1975年に始まったが、その親衛隊の中にはまだ「太陽にほえろ!」でブレイクする前の山口県出身、山下真司の姿も。(右端)

ブログを引っ越ししました。

心機一転、楽天ブログからFC2ブログに引っ越ししてきました。きっかけは20日くらい前でしょうか、私のブログに限らず楽天ブログの記事がGoogleで検索しても全く引っかからなくなった事です。もともとページビューの少ないブログではありましたけど、検索で来てくれる人もいなくなるのはちょっとなぁと思いまして引っ越しすることにしました。Googleで引っかからないということは当然楽天グループのインフォシークでも引っかからないと言う事でシャレになりません。楽天ブログにはインポートやバックアップの機能が全く無いのでどう引っ越ししたものかと思っておりましたが、ある方が作られたツールを見つけまして、それをお借りして無事引っ越しできました。いくつかツールはあったんですがコメントやカテゴリまで移転できるのは1つだけでした。さすがに画像は各社各様の仕組みで移行は無理らしく、とりあえず楽天フォトにリンクして表示してるだけですので、ちょこちょこ手直しして行きたいと思っています。マイペースでやっておりますが、楽天ブログでお世話になった方、FC2ユーザー様、よろしくお願い致します。

テーマ : 今日の出来事。
ジャンル : 日記

阪神・淡路大震災を予見したラジオ番組

2つ前の記事にKRY山口放送の防災イベントの記事を書きましたが、これはラジオ編制部による企画イベントでした。現在はあらゆる種類のメディアがありますが、やはり「災害」に一番密着しているメディアといえばAMラジオというイメージがあります。同じラジオでも短波放送やFM放送にはそんなイメージはありません。まあ短波放送はもともと全国放送ですしNHKかラジオNIKKEI(旧ラジオたんぱ)くらいしかないので少々性格が違いますが、FMはもう少し災害ライフラインメディアの自覚を持ってもいいんじゃないかと思います。昔はポケットラジオと言えばAMラジオくらいでしたが、最近の携帯電話やMP3プレーヤーにはFMの受信機能を持つ物も多いので、ひょっとすると今はAMラジオを常に持ってる人よりそうしたものを持ち歩いて「FMなら聞ける」という人の方が多いんじゃないかという気がします。まぁ、余談ですけど。

山口放送に限らず「ラ・テ兼営局」と言われる、テレビとAMラジオのどちらも持っている局、もしくはAMラジオ専業局に至っては昔からの経緯もあり、押し並べて災害報道意識は高く、また熱心です。どこのAMラジオのスタジオにも必ず「生放送中の災害発生時に放送するべき内容の原稿」が見やすい位置に貼ってありますし、災害発生時は即座に録音やネット番組から生放送に切り替えて対処する体制が常に整えられています。また時折防災イベントを行ったり防災意識の啓蒙番組を流すこともあり、いざという時頼りになる存在と言えます。

平成の大災害の一つ、まだ記憶に新しい阪神・淡路大震災。大方の人の「大地震が来るなら関東なんじゃないか」という想像を裏切り、阪神地区を突如襲ったまさかの大災害でした。しかしながらあまり大きく取り上げられる事はなかったのですが、震災以前に「阪神地区にも大きな地震の恐れはある」という研究結果による予測もなされていました。そしてその研究結果を元にして「大阪近郊にもし大地震が起こったら」という想定で大規模なシミュレーション番組が大阪・MBS毎日放送の製作で放送された事がありました。阪神・淡路大震災を遡る事17年、1978年の事でした。

1978年11月23日午前5時、それまで10KHz間隔だった日本のAMラジオ局の周波数が国際的な取り決めにならって9KHz間隔に変更になりました。日本のAMラジオ局の全てが一斉に周波数を移動するという大作業でした。各局ともリスナーへのその周知に追われながらも新しい門出に合わせて特番を組む局も多く、ある意味一種のお祭りイベントでした。

大阪・MBS毎日放送も1180KHzから1179KHzに周波数が変わる事になり、その対応に追われながらもそれを記念してその当日に特別番組を放送することになりました。しかしその企画はお祭りムードとは無縁の、非常に硬派な前代見聞の番組でした。発表された時、業界内ではかなりの話題になりました。「そんな番組が成り立つのか、また無事に放送できるのか」。

MBS毎日放送の周波数変更記念特別番組は、「もしも大阪地区・阪神地区を関東大震災級の地震が襲ったら」という想定でその時どうなるのかを検証する番組でした。そしてその内容は「専門家によるスタジオ討論と解説」と「被災現場で何が起こっているのか災害状況を刻々と実況し伝える架空のニュース実況音声」によって進行するというおふざけ一切無しの架空ドキュメンタリー形式によるものでした。

「架空のニュース実況を延々とラジオで流す」これが報道機関であるラジオにとってどういう事なのか、またこのようなお堅い特番の企画に「他局に比べて聴取率の数字はまず取れないだろうが社会的に非常に意義があるものだ」としてGOサインが出たことが当時の業界内では結構驚きをもって受け止められました。

現在ではいろんなメディアがありますので、あまりピンと来ないかも知れませんが、過去にラジオは何度か誤報やおふざけ報道により大騒ぎを起こしてしまった事があります。

1930年代にはアメリカのラジオ局がハロウィン企画としてH.Gウエルズの「宇宙戦争」をラジオドラマ化した時に「火星人が地球襲撃を始めました。ただちに避難して下さい」という内容を非常に緊迫したリアルな演技で演じきって放送した事から街がパニックに陥ってしまったという事件がありました。もっともこれには「実際パニックは起きなかったが放送の後にマスコミがおもしろおかしくそのように報道して今に伝わっている」という説もあります。

日本で有名なものと言えば「吉田拓郎死亡放送事件」があります。1981年「オールナイトニッポン」にゲスト出演予定だった吉田拓郎が風邪による発熱で出演不可となった時に、担当ディレクターと代役アナウンサー(つかちゃんこと塚越孝)が「何かおもしろいことをしよう」と、番組冒頭のテーマ曲である「ビター・スゥイート・サンバ」を「葬送行進曲」に変更し、番組内容も「吉田拓郎さんを偲んで(ただし番組中一言も「死んだ」とは言わなかったとされている)」的な内容で放送したところ、局に電話が殺到し他のマスコミも巻き込んでの大騒ぎになってしまいました。

報道機関として信頼されていればいるほど、「架空のニュースを流す」という事のリスクはかなりのものがあります。

これらの伝を踏まぬ様、この特別番組では架空のニュース実況の間、ニュース音声にコンピューター合成風に加工した女性アナウンスで「ただいまお送りしている放送は毎日放送周波数変更記念特別番組です。お聴きの内容は事実ではありません。ご了承下さい」という音声を被せ続けることによりリスナーの勘違いを防ぐという形で放送されました。その結果危惧された問題などは起きずに済んだようです。

番組内容自体は非常に良くできた架空シミュレーションで長時間ながら飽きさせることのない優れた防災意識啓蒙番組でした。この番組中で実況音声として流されたニュース音声の中には阪神・淡路大震災で不幸ながらそのとおりになってしまったものもありました。

阪神・淡路大震災から13年、私の住む地域でも直撃ではありませんでしたが、広島芸北地震や福岡西方沖地震などを体験しました。こういった時は日頃の心構えが物を言うということもおぼろげながら実感として持っています。震災直後から「被災しなかった人への情報はいらない」との報道姿勢でひたすら被災者のためだけの情報を提供しつづけたMBSラジオ。この番組自体はMBSのライブラリーには残っていると思いますが二度と公表されることは無いでしょう。でも震災以降、MBSをはじめ大阪の放送局では防災意識の向上を目指した特別番組が多く製作されています。被災した地域の局であるからこその視点で作られるこれらの番組には「減災」への思いが非常に強く込められています。そして近畿圏のラジオ局の共同制作による防災番組の放送などの活動も続いています。2度と震災など起きては欲しくありませんが、まさかの時の為にこういった活動は長く続けて欲しいと思います。
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Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

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