「2010年周南24時間リレーマラソン」で大河原あゆみアナウンサーと遭遇

 先日、フォークリフトに足を踏まれて右足小指を骨折してしまい、あえなく「下関海響マラソン」を棄権するハメになってしまった私です。安全靴履いてましたのでこの程度で済んだんですが残念です。

 昨日(25日)~本日にかけて周南市では「第7回周南24時間リレーマラソン」が行われていました。

 1チーム15人で24時間タスキを繋ぎ走り続けると言うもので、今年は第7回ともなればこの時期の周南市のイベントとしてすっかり定着した感があります。

 別に知り合いは参加してないのですが、昨年は個人的に途中行われる仮装大会のランナー達を撮る為に昼間に見に行った事があります。

 今年は夜に近くを通りかかったので、どんな様子かなと覗きに行ってみました。夜だから写真は撮れないけど。

 いわば耐久レースなのでみなさん黙々と走ってました。夜9時頃でしたが結構応援の人も多く賑やかです。

 今年は地元のKRY山口放送から「下関海響マラソン」に新人の庄野数馬アナウンサーが出場します。その前哨戦としてこのリレーマラソンにKRYランナーズチームとして走っているはずなのですが、残念ながら見つけることは出来ませんでした。

 と、その時。去年この大会に参加した大河原あゆみアナウンサーがKRYランナーズの応援に来られているのに遭遇しました。

 少しお話出来たのですが「本当は走りたいんですけど、早朝勤務があるので無理なんですよね」と残念そうでした。

 久々にお会いできたのでなんかラッキーでした。

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 コンパクトカメラだけはいつも持っている私。チャンスは逃しません(笑)。

 またKRY秋祭り2010でお会い出来るのを楽しみにしております。

【私の好きなマンガ】 「君に届け」 (祝!実写映画公開記念)

 こんなところでカミングアウトする必要も別に無いんだけど、私は小学校の頃からの「別冊マーガレット」(通称:別マ)と「りぼん」と「花とゆめ」の愛読者であります。あ、そこのキミ、ドン引きしないようにね。え?「想像通り?」そうですか、そりゃ良かった。

 で、最近の傑作と言えばやはり累計1,100万部以上を売り上げた大ヒット作であるコレでしょう。

とりあえず、新しい方から11巻、最新刊(9月24日発売)の12巻、あとご丁寧にファンブックもちゃんと買ったりして(^^;。

「別冊マーガレット」に連載中の「君に届け」(作:椎名軽穂)です。

 ネタバレ的なストーリー紹介は避けますが、物語の概要は【見た目が陰気なため、同級生から「貞子」(あの「リング」の「貞子」ね)と呼ばれ忌み避けられている主人公の「黒沼爽子(くろぬまさわこ)」は実は見た目とは違い、前向きでポジティブな女の子。この爽子が同級生の風早翔太や吉田千鶴、矢野あやねらとの出会いをきっかけに恋に友情に大きく成長していく物語】であります。

 全体的にはある意味少女マンガの王道を行くストーリーなんですが、主人公がイロモノ(作者談)なのが新しいのと、登場人物達の心情描写が実に丁寧で心に染みます。個人的には主人公の爽子はとてもいい娘なのですがちょっと自分の頭の中だけであれこれ考えすぎるような気もしますが・・・。連載当初は今時の女の子にこういうのが受け入れられるのかなとも思っていたのですが、あれよあれよという間に大人気作品となりました。

 昨年からは日テレで昨今珍しい2クール構成でアニメ化もされまして、製作会社が「プロダクションI.G」な事もあってその丁寧で出来の良い作りが評判になりました。

 ・・・が、日テレのアニメなのに私の地元の山口放送ではこれだけの人気作を放送してくれず、DVDをレンタルしようかと思っていたところに先日「日テレプラス」で全話一挙放送がありましたので録画してちびちび見ています。いやぁ、ホントに出来が良いです。

 主人公・爽子が憧れる「風早翔太」君ですが、私個人的にはかなり古いけど「ときめきトゥナイト」(作:池野恋)の「真壁 俊」君に匹敵する爽やか君であり、結構気に入ってます。

 今回実写映画化されて、まぁ原作物の映画化の常でキャストに関しての賛否両論が出てますが、私はあくまで原作のパラレルワールドの一つと思っていますのでぜひ見てみたいのですがさすがに劇場に行く勇気は無いのでDVDでリリースされたら見ようと思っています。爽子役の多部未華子はちょっとかわいらしすぎて爽子の「見た目陰気」がどの程度出せるのか非常に興味があります。

 まぁ今更私が紹介するまでもない人気作ですが、うちのブログを見に来てくれる人にも興味持ってもらえたらなぁと思って紹介してみました。

 ・・・それはそうと、同じ男として思うがあの爽子に初対面で好意的興味を持った風早君、あんたやっぱり相当マニアックだと思うぞ(笑)。もっとも男ってのはそりゃ見た目誰もが認める美人やカワイイ女の子が好きに決まってるけど、惚れちゃった相手なら自分の好みに合う範疇であれば実際見た目はあんまり関係無いもんね。もちろんそうじゃない男もいるけどさ。

 9月27日追記・・・映画公開記念だからか今ならGYAO!でアニメ版の1~5話までが無料で見られるのでぜひどうぞ(期間限定)

【ハンドル名】「缶コーラ」の由来をカミングアウトせよ

 以前、「どうして【缶コーラ】っていう名前なんですか?」と聞かれた事があります。

 本人としては誰もそんな事に興味を持ってないだろうと思っていたので、そんな質問が出たこと自体が驚きだったのだけれど、聞かれたからには答えなきゃなと思うので今回書いてみます。

 まず大多数の人がそうであるように本名とは何の関係もないです。またこの名前はネット上での活動時のみ使っていて、他の事はまた別の名前を使っています。

 使い始めたのは1992年頃。当時はまだインターネットでは無く「パソコン通信」の時代。パソコン通信サービス「ニフティサーブ」(現在のアット・ニフティ)に入会する時につけた名前です。それ以前にも「PC-VAN」(現在のビッグローブ)や「アスキーネット」に入会はしていましたが、別の名前を使ってました。

 そもそもの由来はこのシングルCDのユニットの名前からです。


 これ、1991年に発売された「あなただけを」(あおい輝彦の1976年の同名ヒット曲のカヴァー)という曲で、歌っているのは「かんコーラ」というユニットです。(テイチクエンタテインメント TEDA-72)

 写真でお判りのように「間寛平」さんと「葉月コーラ」という女性によるユニットで二人合わせて「かんコーラ」と言う訳です。


 間寛平さんと言えばある年齢以上の方はご存じの通り1975年に「ひらけ!チューリップ」という歌で100万枚の大ヒットを放った”歌手”でもあります。ちなみにこの曲の作詞作曲はあの「タイムボカンシリーズ」で音楽を担当した山本正之氏でこの曲をモチーフにした日活ロマンポルノまで作られましたし、当時はどこのパチンコ屋に行っても「軍艦マーチ」とこの曲がヘビーローテーションでかかっていたほどでした。

 相方の「葉月コーラ」さんですが、元々1985年に「佐藤弘枝」名義でデビューしたアイドルなんですが、俗に「85年組」と言われるアイドルはざっと挙げただけでも南野陽子、工藤静香、中山美穂、斉藤由貴、本田美奈子、浅香唯、森川美穂、芳本美代子、松本典子・・・etc.と強者揃いの中、残念ながら人気の出なかった人でした。(私はアイドルマニアではありませんので間違ってたら訂正して下さい)・・・ですが、一度芸能界の華やかなスポットを浴びてしまうとなかなか諦めもつかないのかこの後「大林美可」→「葉月コーラ」→しまいには「中原薫」名義で落ちぶれアイドルの駆け込み寺「ビーイング」から再デビューという不屈の魂というか「そこまでやって売れなかったらもう諦めなよ」とでも言いたくなる経歴の持ち主です。(今何やってんだろう?)

 この「あなただけを」の出来映えは残念ながらオリジナルのあおい輝彦の足下にも及ばず、さっぱり売れなかった訳ですが、この妙にへんちくりんなユニットのC級センスが頭から離れず記憶に残っていた訳です。


 で、「ニフティサーブ」の入会時に「ハンドル名を決めて下さい」と来たので何にしようか考えていたところ、ちょうどその時350mlの「缶コーラ」を飲みながらパソコンに向かっていて、それを見てるとふっとこのユニットの名前を思い出した事から、「この名前いただきっ!」とばかりに「かん」を漢字の「缶」にして「缶コーラ」となりました。もともとお酒よりコーラが好きなもので。(それもペプシよりもコカ・コーラの方)

 この名前だと割と覚えて貰いやすいようで、なおかつネット上でのお付き合いが長い人は「缶ちゃん」と呼んでくれるのでオフ会とかでも通りが良く、割と気に入ってインターネットに場所を移してからも使っています。チャットなんかでごくまれに酔っ払って参加してる時には「缶ビール」と変更したりもしますけど(笑)。

 ただこの名前だと「コーラ好き」→「ジャンクフード好き」→「太ってる人」と思われるようで、ネットで知り合った人と実際にお会いしたりすると「あれっ?」って「なんか期待はずれ」みたいながっかり顔をされることも良くあります。もっともいい歳こいてますから腹は結構出てますけどね(爆)。

【映画】「アトミック・カフェ」(1982年)~原子爆弾という”虹色の恐怖”


映画は世界で最初の核実験、ニューメキシコ州アラモゴードで行われた「トリニティ実験」のカラー映像から始まる。世界初の核爆弾「ガジェット」の姿。「核の時代」の幕開けだ。

 8月中は忙しかったのでこんな時期になってしまったけど、毎年8月という月は私にとって「戦争」というものを考えてみる時期だったりする。もちろん実体験した世代ではないけど。

 私の育ての親父は海軍少年志願兵として予科練に行き上海で終戦を迎えている。そんな事もあって私が小さい頃はよく戦争の話を聞かされた。ほとんどは日本軍側からの解釈での話だったが。でも今になって思えばそういう戦時教育を受けて育ってきた人だったからそれが親父の中で当たり前の事だったんだろうと思う。戦争末期の劣悪な電波状況の中、上海でどうやって聴いたのか知らないが(多分基地には高性能なラジオもあったんだろう)玉音放送も聴いたそうでその時の様子は何度聞かされたか、である。

 その玉音放送だが、小学生の頃から疑問に思っていたことがあった。今年の終戦記念日の「サンデーモーニング」では玉音放送のオリジナル録音の全文を放送していたが、あれを聴いて当時の人は意味が解ったんだろうか?と言う事である。よく終戦を扱ったドラマなんかでは「玉音放送をバックに泣き崩れる市民」なんて描写がそれこそいっぱい出てくるが、あの漢語だらけの難解な文章が当時の人々の一般的な学力レベルで解るはずがない、と思っていた。百歩譲って「事前に重大放送と告知されていた」し、ほとんどの国民にとって天皇の肉声を聴くのすら初めてだからおそらく「周囲はただならぬ雰囲気だった」事からおそらくこれは「敗戦を告げる放送」なんだと感覚で察知したか、くらいはあったにしても。

 その後調べてみたらその謎はあっさり解けた。NHK発行の「放送50年史」という出版物によると、君が代→玉音放送→君が代と放送した後で、NHKの和田放送員(当時は戦時下なので当然アナウンサーとは言わず「放送員」と呼ばれた)による細かい解説があったという記録が残っている。つまりほとんどの人はその解説でポツダム宣言を受諾して日本が敗戦したと知ったという事だったようだ。だからドラマや映画のあの描写ははっきり言ってウソなんだろうけど、まぁドラマの絵的にはそうじゃないとどうにも決まらないのは確かなんだろうね。それとまた余談ですが「鬼畜米英」が終わったこの日から1ヶ月後には「日米会話手帖」という本が400万部も売れたそうで、なんか日本人の逞しさというか変わり身の早さというか、背に腹は代えられんとしてもすごいなぁとしか言いようが無い。


 私は山口県育ちで世界初の被爆都市である広島市はお隣の県である。近い土地柄のせいもあって原爆の話、被爆された語り部の人たちの話を聞く機会も多かった。でもやっぱり今ひとつ話だけではピンとこないのが正直な所だった。小学校5年の時、アマチュア無線の免許を取るため広島に初めて行った私は平和記念資料館に行き、そこでバラ色の科学万能時代が信じて疑われてなかった70年代に生きる小学生にはあまりに刺激の強すぎる展示物を見た。恐ろしくてしばらく食欲が出ないほどだった。多分最初にカルチャーショックを受けた体験だと思っている。それ以来広島、長崎の原爆投下という出来事は私の中に疑似体験ではあるが重く残っている。


 表題の「アトミック・カフェ」という映画は1982年にアメリカで公開された。日本では翌1983年に小規模ではあったがロードショー公開されており、私はその時渋谷かどこかの劇場で観て不愉快なような爽快なような何とも言えない不思議な気分になったのを覚えている。その20年後、2004年に東京など一部の都市で再公開された。

 この映画はドキュメンタリー映画であるが、正確に言うと普通のドキュメンタリーでは無い。膨大なフィルムを編集したドキュメンタリー映画で、使われた素材は全て1940~50年代に実際に製作・公開・放送されたアメリカ軍の記録映像、ニュース映画、テレビ番組、ラジオ放送、政府製作のプロパガンダ目的の広報フィルム等など。政府とメディアの大衆操作の実態を再編集によりブラックユーモアとしての側面を持たせながら鋭く見せる異色の作品である。監督はケヴィン・ラファティ、ジェーン・ローダー、ピアース・ラファティの3人。

 元々は監督の一人であるピアース・ラファティが「アメリカ政府広報映画3433本」という本を読み、その馬鹿馬鹿しすぎる映画の内容にこれらを素材に政府による大衆操作(プロパガンダ)をテーマとした作品を作ろうと考えたのが始まりで、それからというもの、ありとあらゆる場所でいろいろなプロパガンダ映画を見まくり(1万本以上見たとの事)、結果的に原爆をテーマにしたプロパガンダ映画にテーマを絞り、その後5年の歳月をかけて編集作業を行い、映画は完成した。この映画にナレーションは一切無い。全て編集のテクニックだけで全編を見せきる、その手法と技術は素晴らしい。ちなみにこの映画の公開後、素材に使われた元のフィルムは簡単に見れないように厳重管理されてしまったとの事。そりゃそうかもね。

 内容はネタバレにならない程度に紹介するが、映画は1945年のトリニティ実験、広島、長崎への原爆投下から始まる。この冒頭近辺は日本人としてはかなり腹立たしいもので、広島へ原爆を投下したエノラ・ゲイの機長ポール・ディペッツ大佐やインタビュー前ににやけた笑顔さえ見せるトルーマン大統領などの話は、はっきり言ってむかつく。トルーマンなんかやたら「神」という言葉を使うが自分たちがこの世の神とでも言いたいのか。「パールハーバーを忘れるな」と良く日本に対して言うが、一発で非戦闘員の一般市民を含め20万人を無差別に殺したあんたらに言われる筋合いは正直無いと個人的には思う。


勝利に沸くアメリカ。この時点では原子爆弾はたった2発で戦争を終わらせ、「世界一強いアメリカ」を証明した”虹色の兵器”だった。広島や長崎の破壊と放射能汚染による目を覆うような現状はほとんど報道されなかったと思われる。


アメリカ軍の広報映画の中にはこんなカットまで登場する。

 その後、島民にでたらめな説明をして島を追い出し行われた、ビキニ環礁での公開核実験で原子爆弾の圧倒的破壊力を公開核実験という形で国民に見せ、その威力にアメリカはますます調子付いていく。放射能による汚染の実態だけは報道されずに。

 ところが1949年にソビエトが原爆実験に成功するや否や状況は一変していく。忍び寄る共産主義と原爆攻撃の恐怖。アメリカを勝利に導いた原子爆弾はやがていつアメリカに落ちるかもしれない恐怖の兵器と変わってしまう。


 そして1950年代には米・ソ双方が水素爆弾の開発に成功。来るべき核戦争に備えて原爆使用下における軍事訓練が行われるようになる。自国の同胞兵士たちにさえも「放射能はたいしたこと無い一番どうでも良いもの」とデタラメな説明をし、オモチャのような「放射能測定器」だけを胸につけさせて・・・。


原爆を使用した軍事訓練。被爆に苦しんだのは日本人だけでは無い。「アトミック・ソルジャー」と呼ばれた彼らもまた「核の犠牲者」であり、後年放射能障害に苦しむことになる。

 そんな中、「第五福竜丸事件」が起こる。日本のマグロ漁船がアメリカの水爆実験に巻き込まれ、船員の被爆の実態が報道されると民間に一気に核戦争に対する恐怖が広がり始める。家庭用の核シェルターが商品化され、子供向けにさえも自衛のための教育フィルムが作られる。もはや完全に原子爆弾は"身近な恐怖の兵器”と変わったのだった・・・。


 これらの内容がたっぷりと皮肉を込めたブラックユーモアを交え、展開されていく。もちろん製作当時は大真面目に作られたものをつなぎ合わせているだけなのだが、現在の全てが知られた状況の中ではもはや不謹慎ながらギャグでしかない。この映画はそうした手法で政府によるプロパガンダのいいかげんさをあぶり出し、フィルムそのものに語らせているのである。そしてこれをさらに効果的にしているのがバックに流れるポップなカントリーソング調のあまりにも能天気な「核ソング」の数々。核爆弾が”虹色の兵器”だった1940~50年代頃のアメリカで作られた音楽であり、その歌詞はあまりにもアレで現在の感覚ではもう理解の範疇を超えている。(ちなみに1983年の初公開時にこれらの音楽はサントラ盤としてCDが発売されている。当然ながら現在は絶版)

 とにかく全編を通して被爆の実態を知っている私たちにとっては「こんなものが実際に作られて信じられていたのか」と驚きの連続で、はっきり言ってもう失笑しか出てこない。



特にこの作品の白眉といえるのは「亀のバート君」が出てくる子供向けの防衛教育フィルム「ダック&カヴァー」。核兵器がピカっと炸裂したらすぐさまダック&カヴァー(さっと隠れて頭を覆え)で身を守れ、と教えるこのフィルム。もうね、広島・長崎を知る私たちにはただただあきれるばかり。でも当時のアメリカ人はこれをかたくなに信じていたのかなぁ?どうなんだろ。


いざというときは、素早く「ダック&カヴァー」。これじゃ焼夷弾からさえも身を守れないと思うけど。

 映画の中ではこの作品はある意味意図的に編集されていますが、Youtubeにこの「ダック&カヴァー」のオリジナルがアップされているので貼っておきます。

 オリジナルと見比べるとどのように編集して使われているかがわかります。
 

とにかくブラックユーモアを含むアンチ・プロパガンダ・ムービーとしては非常に良くできている映画で一見の価値はあると思います。

そしてこの映画は同時にもう一つの事を教えてくれます。「情報というのは編集次第でいくらでも操作ができてしまうもの」であるということ。プロパガンダムービーを編集することによってアンチプロパガンダとしたこの作品自体が皮肉にもそれを証明しているともまた言えなくは無いでしょうか。

 そして更に皮肉なのは、監督のラファティ兄弟はなんとブッシュ大統領の従兄弟だということ。これには心底驚いたのでした。

この作品は2004年12月に竹書房からDVDが発売され、絶版になっていますが、現在でもTSUTAYAではレンタルで置いてる店もあるし、オンラインレンタルでも借りられます。

下関大丸に熱血テレビ(KRY山口放送)の生放送を見に行った

 今日(9月15日)下関市の下関大丸が創業60周年を迎え、それを記念してKRY山口放送の夕方ワイド「熱血テレビ」の公開生放送が行われるというので行ってきました。ゲストは山口県出身の松村邦洋さん。

 先週のメルマウ(KRY山口放送のメールマガジン)に告知があったので、水曜日ですが急遽休暇を申請したら夏にほとんど休んでいなかった事もあってすんなり許可が出たのでラッキーでした。

 当日の放送は午後4時45分からですが、午前11時から140席の整理券を配るとの事でした。別に立ち見でもかまわないのですが、会場はそんなに広くない7階の催事ホール。オープンスペースではなくクローズトスペース。昨年地デジのイベントが行われた場所で会場内の広さは知っていたので、ひょっとして立ち見不可の可能性もありうるなと考えて整理券をゲットすることにしました。(結果は端っこの方に少しだけ立ち見エリアが設けられただけということでこの判断は正解でした)

 会場に向かう途中、道が混んで予定より遅れて焦りながら整理券配布場所に着いたのは10時45分。もうすでに列が出来ており私は93番目に列に並びました(横でカウンターで人数を数えていた係の人に聞いた)。結局11時には140人の列が出来、10分もかからずに配布終了。とりあえず無事に整理券をゲットできました。

 整理券とはいえ、実質入場券で座席は自由席、開場は午後4時20分との事でこれから5時間20分もの時間をどうやって過ごすか・・それが結構な問題だったりする。この公開放送は実質タイアップというかパブリシティなのでその待ち時間をゆっくり下関大丸でお買い物して過ごして下さいねという趣向でもあるんだろうと思う。考えた結果、6階で「関門・山口ふるさとグルメ紀行」っていう催し物をやっていたので、そこでちょっと豪華なお弁当を買ってどこかで食べることにした。一応タダで生放送観せてもらうのでわずかでも何か買い物しないと悪いしね。その足で関門橋を通って門司港に行き、関門橋の下の公園で釣り人を眺めながら弁当を食べて時間を潰した。

 時間潰しながらふと考えたら、今日のこの弁当が生涯で3度目のデパート(百貨店)での買い物だと言う事に気づいた(笑)。1度目は’83年にファミコンが大ブームになった頃。どこに行っても手に入らず、ヨドバシカメラなんかでは奪い合い状態の中、やっと渋谷の東急百貨店で見つけて定価で買った時。2度目は’91年にスーパーファミコンがこれまたどこの店も入荷数がわからず予約を受け付けてくれなかった時、銀座の松屋デパートで予約を受け付けてくれて無事にゲットした時。考えてみればデパートでの買い物って任天堂のゲーム機だけじゃん(笑)。いやぁ、定価で物を買うとかブランド品を買うとかいう概念が自分の中に無いんだよなぁ。まぁいいや。人生一度だし。貧乏楽しまなきゃ(爆)。

 下関大丸が’77年に現在のシーモール下関に移転する前は駅の西側にあったのを覚えている。いろんな事情があって小学校低学年の頃よく1人で北九州まで行っていたのだが、下関駅で海側に大丸デパートが見えると、ああ、トンネル通って次は門司かぁと思ったものだった。当時のデパートってまるでお決まりのように最上階に大食堂があって、メニューにはお子様ランチがあって、屋上には遊園地があったんだよね。憧れたなぁ・・・1,2回しか連れて行ってもらったことはなかったけど。

 3時半頃下関大丸に戻ると1階入り口に福谷貞夫アナウンサーとスタッフの人たちが数人。1階からのリポートがあるようだった。6階に行ってみるとこちらも先のグルメ紀行のリポートがあるのだろう、リポーターの原田かおりさんがおられた。リハーサル中だったので遠巻きにちらと見ただけでしたが。

 4時に7階に上がってみるとすでに列が出来ていた。別に前の方の席でなくてもいいのでそのまま列の最後尾に並んだ。今回はクローズトスペースでの生放送、客入れは本番の時だけで芸能人のゲスト有り、という状況で写真撮影OKな訳が無いので写真は諦めて、一応バッグにコンパクトカメラだけは入れといたけど、いつもの大げさな装備は置いて来ていたのだった。

 4時20分に開場、4時半からスタッフさんの前説、4時35分から来場者サービスというか高橋裕・脇田美代両MCが出てこられて本番までフリートーク、4時45分に本番開始と滞り無く進行していく。本番の状況は放送そのままなので割愛しますけど、松村邦洋はもうベテランと言えるキャリアを積んできた人なのでモノマネを生で聴くのは2回目だけどやっぱり絶品と言っていいほど上手い。野球にあまり興味が無い私としては野球人の多いネタ振りはチト残念だったけど。お客さんも反応が良く、和やかな雰囲気の中で楽しい放送だった。

 本番終了後、高橋アナと脇田アナは時間の許す限りお客さんのサインや写真の求めに応じてくれたので、諦めていたにも関わらず今回も写真を撮らせてもらえました。ありがとうございます。今回はコンパクトカメラなので写りがイマイチだなぁ。

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 なんか高橋アナはマルベル堂のブロマイドみたいだし、脇田アナは玄関先でひざまづいて来客の応対してる主婦みたい(^^;。床にバミテープが写ってるのが個人的に気になる・・てかPhotoshopで消せば良かったんだけど、これはこれで生放送会場らしくていいかぁ。

 テレビの世界では床にビニールテープで立ち位置の目印を付けることを「バミる」と言い、ビニールテープを「バミテープ」って言います。どこのテレビ局でも通じる言葉ですが、発祥は日本テレビで、語源はある地方の方言で「物をちょろっと失敬する」という意味の「バミる」という言葉です。創世記の日本テレビの技術局員さんにこの「ちょろっと失敬する」のが上手く「バミるのが上手いダンナ」で「バミダン」というあだ名で呼ばれて居た人がいて、その人が使うテープだから「バミテープ」、それで床に印を付けるのを「バミる」と言うようになったというのが始まりです。・・・まぁ余談ですけど。

 それから脇田アナの写真を撮らせて貰ったとき、並んでる人の列の方向に気付かなくて結果的に私が順番抜かしをしてしまいました。その後時間切れで何人かの方がサインや写真を貰い損ねてしまったようで、あの時並んでおられた方、大変申し訳ありませんでした。番組側の不手際では無く私が悪いのですが、故意ではありませんでした。以後気を付けますのでお許し願います。

 番組自体はとても楽しく観覧でき、良い一日でした。この次は10月9・10日のKRY秋祭り2010でお二人にお会い出来るのを楽しみにしています。・・とその前に私は10月2,3日にとある国家試験を受けるのでそれまではお勉強ですが、一発合格率は7%だそうで・・・キツいなぁ。

2010年山口放送の24時間テレビ本社募金会場に行ってきた(その2)

(その1)の続きです。

翌8月29日。この日は10時30分より山口放送が24時間テレビに合わせて募集していた映画「マイマイ新子と千年の魔法」の感想文・感想画コンクールの表彰式があり、原作者の高樹のぶ子さん、片渕須直監督が来場されるとのことでしたので、それも楽しみに朝10時前に行きました。

もちろんちゃんと2日目も募金を致しました。

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前日に引き続き左から俳優の川野太郎さん、中谷隆宏アナ、脇田美代アナ、庄野数馬アナ。早朝からの中継を頑張っておられました。日曜日と言う事もありかなりの来場者でした。


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 応募作品(上)と受賞作品(下)が展示されていました。力作揃い。

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 「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督と原作者の高樹のぶ子さんの2ショット。

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 授賞式そのものは生中継こそ無かったものの、多くのお客さんで盛況でした。この後片渕監督とお話出来たのですが、関東・関西など遠くから多くの方がわざわざこれを見に山口放送まで遠征して来られたそうでその行動力に驚いてしまいました。ファン心理ってわかるけど、私にはそこまでの行動力は無いなぁ。

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 授賞式後にテレビの生放送。新子ちゃん(高樹先生自身がモデル)、ひづる先生(脇田アナが声優を担当)、片渕監督の3ショット。今日はこれが見たくて来たようなものでした。

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 山口放送にはラジオもあります。ですので今回はラジオも連動して24時間テレビの告知・案内番組を放送していました。テレビの後、今度はラジオのインタビューを受けるお二人。ラジオの担当は高橋裕(ゆたか)アナウンサー。

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 ラジオ終了後に高橋アナに撮らせていただいた一枚。脇田アナとのコンビで「熱血テレビ」のMCを担当。名実ともに山口の夕方の顔であります。しばらくいろいろお話しさせていただきました。高橋アナが24時間テレビを担当するのは珍しいのでチャリティーTシャツ姿は結構レアです。いろんな人に声をかけられてさすがの人気です。いつも言っていますが私が個人的に一番好きな男性アナウンサーです。なんか自分と似た空気感じるんだよね。



 今回の隠れキャラ、大河原あゆみアナ。日曜日は早朝勤務でニュース担当の為、今年は24時間テレビの担当では無いのですが、少しでも関わりたいと言う事でお昼の「NNNストレイトニュース」終了後の勤務時間終了後に「あくまで個人的に」こっそり会場に来られてました。が、ファンの人に発見されて結構なサイン攻めに遭ってました。会えた方はラッキーだったんじゃないでしょうか。月・火曜日の早朝番組「さわやかモーニング」担当。山口の朝の顔です。なんか2枚目の写真は後ろのポスターと同化してるなぁ。AKB48に負けてないぞっ!。久しぶりに少しお話をさせていただきました。

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 中央の青いTシャツは河野康子アナ。山口放送からの中継枠もそろそろ終盤です。

 ホントは番組終了のサライ中継(各局たった8秒!。マラソン映すのもいいけど、各系列局も頑張ってるんだからこの8秒間くらい隅っこのワイプ画面じゃなくてメイン画面に大きく映してやれよと毎年思う)まで見ていたかったんだけど、月曜日は午前2時起きだったので午後6時頃に会場を後にしました。せっかく周南まで来たので帰りに新南陽の「太陽」(わかる人にしかわからんな)でラーメンと焼きめし食ったら道中眠い眠い・・寄る年波には勝てませんねぇ・・・。

 ちなみに最後には外に中継に出ていた小野口奈々アナも帰ってきてたんだけど、その時間までは居なかったので写真はありません。ファンの方ごめんなさい。

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 最後に今日の脇田アナ。ピンクのTシャツ姿のワンショットを撮らせていただきました。何着ても似合う人ですねぇ(もちろん贔屓目は大いにあります!)

 と言う訳で今年も募金に協力しつついろいろと楽しませていただきました。総じて去年より本社募金会場はイベントも多く賑やかで楽しめました。もちろん県下あちこちの会場で頑張っていたボランティアの方々のいらっしゃった訳で皆様お疲れ様でした。集まった募金が有効利用されることを願っております。

プロフィール

缶コーラ

Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

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