【私の好きな懐かしテレビ】「クイズ!当たって25%」


番組のオープニングタイトル。日本語の表記が無いのが珍しい。

 現在でも春と秋の番組改変期には新番組の宣伝を兼ねて多くのスペシャル番組が放送されてます。その中にTBSが莫大な制作費をかけて長年放送し続けている「オールスター感謝祭」があります。200人の芸能人が一同に会し早押しクイズ有りマラソン等のイベント有りの5時間半の生放送で今年で16年目、この秋の大会で33回目を数える大型番組です。現在ではTBSの地デジや携帯電話での双方向参加番組の先鋒を担う役割も持つこの番組のプロトタイプであり、毎週レギュラー放送されたのが「クイズ!当たって25%」です。


第1回放送から(91年10月17日)。出演者はキャプテン8名(ケント・デリカット、相原勇、舛添要一、中村あずさ、吉村明宏、森尾由美、峰竜太、コロッケ)+一般解答者192名。

 「クイズ!当たって25%」は1991年10月17日から92年3月26日まで毎週木曜夜10時から放送された生放送の視聴者参加型クイズ番組です。この当時はいわゆる「クイズ王」たちがとてつもない高レベルでバトルを行う形のクイズ番組が大流行で、「普通の人々」が参加できる番組が僅かしかありませんでした。そこへ出てきた一般視聴者参加型、しかも一度に200人が戦う4択早押しクイズという形式は前例の無いとても目新しいものでした。司会は島田紳助と当時デビュー間もない島崎和歌子の現在も続くコンビです。

 この番組には放送前に試験放送というかプロトタイプとなった番組がありました。「金曜テレビの星!」の枠で91年6月28日に放送された単発放送の「クイズ!当たって25%」(司会は島田紳助と草野仁)です。200人の4択早押しクイズという番組の基本フォーマットはイギリスのCelador Productionsという制作会社(クイズ$ミリオネアのフォーマット開発でも有名)の開発したものをTBSが購入し、コンピュータシステムや番組進行に日本オリジナルを加味して出来たものです。一見してコストはめちゃくちゃかかっており、これを改変期のスペシャル番組及びレギュラー番組として成立させるために試験的に放送されたものでした。その後10月5日に芸能人200人による第1回目の「オールスター感謝祭」が期首特番として放送され10月17日からレギュラー放送の「クイズ!当たって25%」の放送が始まりました。

 (スタジオで)大人数が同時に戦うクイズ番組はこの番組以前にも一般人100人が同時に戦う「日清食品:地上最大のクイズ」(昭和36~39年フジテレビで放送:司会は桂小金冶)などが存在しているのですが、早押しクイズでは無く極めてアナログ的で間違えた人から座っていくというシステムでした。「クイズ!当たって25%」の最大の特徴は「200人の大人数が同時に4択早押しクイズで戦う」という部分で、これは問題の送り出しから200人の解答者の解答内容やタイムその他を全てコンピューターで一元管理するという技術があって初めて可能となったものです。(初期はVTRの送り出しなど一部手動のものがあり、全てコンピューター管理になったのはごく最近ですが)

 このコンピューター管理がもたらしたもう一つの特徴は司会者席に用意されたモニターに「誰が」「何番を」「何秒で押して」「賞金がいくらか」と言った情報がリアルタイムで届けられることにより、正解発表前から間違えた解答者をトークでいじったり、解答者にチャンピオンを匂わせたりと言った進行が可能になった事です。

 200人(25人ずつ8チームに分かれる)で同時にスタート、1問ごとに不正解者と正解を一番遅く押した解答者が予選落ち、どんどん解答者が減っていき、ランダムに告げられる最終問題で一番早く正解を押した人がチャンピオンで25万円獲得、その後ボーナスクイズに挑戦し正解すれば25万円、不正解ならチャンピオン以外の正解者で賞金を頭割り、最後にトータルの正解数が一番多いチームが総合優勝100万円、といった進行が生放送でスピーディーに行われて行く様は新しい時代のクイズの出現を思わせるに充分でした。

 ちなみに第1回放送はまだ出場者の募集告知前なので一般出場者をばらばらにかき集めて放送したのですが、116番の解答者がどうもクイズのセミプロだったらしく、一人で2回のチャンピオン+1回のボーナスクイズ正解で75万円を独り占めするというシャレにならない事態になってしまい、会場にもシラけた空気が漂い始め、さすがに司会の島田紳助もいぶかしい顔をして「次回からはプロお断りとさせてもらいます」と発言する事態になってしまいました。

 その他にも生放送らしくハプニングには事欠かず、まだ不慣れだった島崎和歌子が問題を噛みまくり会場からブーイングが出て島田紳助が「今日、和歌子おかしいです。すみません。恋でもしてるんでしょうか」と必死でギャグフォローしてみたり、放送時間が足りなくなって優勝チームを発表しないまま「さよなら~」と終わってしまったりとか、システムトラブルによる中断等枚挙に暇が無くそのあたりも見所でした。

 そのほか番組中盤のコーナー「現物支給クイズ」では鈴木史朗アナウンサー(当時)が生中継で現物商品をゲットしてくる「いただきオジさま」として登場したり(その後のご長寿早押しクイズで見せるキャラの原型だった)、ジミー大西をチャプテンに売り出し中のお笑い芸人を集め「お笑いつぼみの会」というチームを作りレギュラー解答者にしたりといろんな試みが行われました。

 また司会の島田紳助は好き嫌いのある司会者でも有り、あちこちで賛否両論を良く見ますが、個人的には生放送で200人の解答者を捌き、トラブルに瞬時にフリートークで対処し、解答内容によって解答者いじりをするといった事が出来る司会者という面でこの番組に関してはこの人の代わりが務まる司会者はいないんじゃないかと思っています。

 視聴率的には関西は合格ラインに達するも関東での視聴率が伸びず、結果的にコストが見合わないと言う事でレギュラー放送は半年という短さで終了となりましたが、「オールスター感謝祭」という形で現在でも残り、機材の発達により年々進化して行ったコンピュータシステムと相まって未だにこの番組に追従するクイズ番組は現れておらず唯一無二の大規模システマチックなクイズ番組として今でも私の心に残っている番組です。


当時のTBS Gスタジオから生放送。スタジオは毎回すごい熱気でした。毎週これだけのセットを組んで大規模な生放送をするというのは現在ではもう出来ないでしょう。


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Re:【私の好きな懐かしテレビ】「クイズ!当たって25%」(10/27)

mixiの足跡、ありがとうございます。

この番組のポイントをMCやディレクタが回答者の回答状況を瞬時にして把握し番組展開につなげる。と見抜いてくれた方はそう多くありません。

この番組を含め、リアルタイムに変化するデータを視聴者や番組制作者に伝え、面白い番組を作成するのが私のライフワークになっております。

ここ、10年私個人は感謝祭に関係しておりませんが、今後とも感謝祭を宜しくお願いします。

Re:【私の好きな懐かしテレビ】「クイズ!当たって25%」

初めまして。

まさかシステム開発者の方直々にコメントいただけるとは思っておりませんでしたので嬉しいです。



最初にこの番組見たときは瞬時に「○○と答えた方がたったひとりだけいます」なんて感じで進行するのでとても楽しく、また驚きました。

最近の感謝祭ではイベント重視であまりクイズの方で

珍回答者や低成績者をいじったりしなくなったのが惜しまれます。



私は素人ですのでおこがましいですがリアルタイムこそがTVの最大の特性だと思っておりますのでこのクイズみたいな番組をもっともっと増やしてくださいね。楽しみにしています。

はじめまして

mixiのコミュを見て参りました。

こんなに奥の深い番組だとは知りませんでした!

レギュラー放送は半年で終わったんですね‥忘れていました。

そんな中自分も出場できたことがとても光栄に思います。

いい話をありがとうございました!

Re:はじめまして(10/27)

北野大地さん 初めまして。

コメントありがとうございます。



 コミュ見ました。出場されたんですよね。

うらやましいです。私も出たかったですが

さすがに24人集めて地方からだとちょっと・・。



 当時から疑問に思っていたのですが、夜10~11時の生放送、出場者はどうやってみんな帰ったのか?未だに自分の中で謎です。住んでる場所によっては結構終電ぎりぎりなんじゃないかと。みんな泊りがけで参加してたのかな?。



賞金は確か後日郵便為替か何かで支払われる方式だったと聞いたことがあるのでみんな番組終了とともにダッシュだったのかも。



 また何か思い出されたことがあれば教えてくださいね。(2007.10.30 23:00:21)

答えです

私は近郊に住んでいるので、赤坂から地下鉄で帰りましたよ!

家が遠い先輩は、タクシー券をもらっていました。

賞金は後日送られてきた郵便為替を郵便局に持って行って受け取りました。

今でも覚えてる、\35,714。

すぐにスキー板を買った記憶が‥

Re:答えです(10/27)

北野大地さん

わざわざお答えいただきありがとうございました。



そうですか、距離によってはタクシー券・・バブルがはじけた直後とはいえまだまだ景気良かったんですね。考えるに相当お金かかった番組ですね。



それにしても35,714円・・1時間のレギュラー時代では結構高額ゲットの部類ですよね。うらやましいなぁ。

ああ・・出て見たかった。

No title

こんにちわ。

自分がまだ幼かった頃に放送されていた番組だったので記憶が曖昧でしたが、記事を読んで「あぁ~そうだったなぁ」と懐かしい気持ちになりました。

自分は好きだった番組でしたがレギュラーはたったの半年しか続かなかったのですね。
家族全員好きで見ていたのは少数派だったのかな(笑)

No title

ぇがとさん、コメントありがとうございます。

こんな記事ですが番組を振り返るきっかけに役立てばこんなに嬉しいことはありません。

当時は結構出場を考えた人も多かった様ですよ。賞金高いし。でも24人も探すのは大変で挫折した人もこれまた多かったようです(笑)

懐かしい・・・

ネットで発見したのでカキコしました。

というのも、わたしは第1回目に出場したんですよ。
大学の先輩がどこかから情報を持ってきて、仲間と予選に参加。合格して、名古屋から東京へ。

1つのピリオドで最後まで残ったんですが、コンマ何秒の差で押し負けて、2位でした。ボーナスクイズも正解したので、50万取り損ねたことになります。
結果、8000円ちょっと獲得しました。
ちなみにキャプテンは峰竜太さんでした。

往復の新幹線代と宿泊費は局が出してくれました。
翌日は東京観光して帰りましたよ。

ビデオに録画しておいたんですが、紛失してしまったのが悔やまれます。


mixiにも足跡残してますので、よろしくですw

No title

やまとさくやさん、初めまして。
遅くなってすみません。

峰竜太チームで名古屋の方と言うと、オレンジのハッピを着た
某大学のクイズ研究会の方でしょうか?(笑)。

しかし、50万が8千円ではしばらく尾を引く悔しさでしたでしょうね。
チーム自体も7位の成績でしたし。

でもほんとにお金かけていた番組だったんですね。
名古屋からあの人数を交通費宿泊費負担で・・・って今じゃ
考えられないと思います。

またよろしければ裏話なんかでも教えてくださいね。
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Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

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