ソニーカセットデッキTC-K777ESⅡの修理(前編)

 以下の記事は2005年当時に私がやっていたHP「がらくた文書工房」に掲載していた記事です。

現在HPは一応FC2に移転して今もありますが全くメンテしておらず、機能していないためこちらのブログに再掲載することにしました。

いつもとは毛色の違う記事ですがもともとの私の趣味のひとつである「オーディオジャンク修理」の一環で書いた記事ですので、興味のある方はどうぞ読んでみて下さいませ。

内容はなにぶん素人修理の域を出ていませんのでその辺含み置き願います。

ただし、以下の点につきましてよろしくお願い致します。

① 記事を読んで修理をされる場合は自己責任でお願い致します。(負傷,感電,火傷,その他火災や最悪の場合死亡事故など起きましても当方は一切責任は持ちません)。また修理に失敗した場合も同様です。

② 最低でもある程度の電気・機械知識が必要です。

③ 記事内容は2005年現在のものです。現在では部品在庫が無かったり、メーカーさんが個人には部品を出してくれない場合など、当時と状況が違っている部分もありますのでご了承下さい。

④ 分解・調整などを厳密に行う場合はサービスマニュアルを入手して行って下さい。(メーカーさんは個人に販売してはくれません。たまにオークション等で見かけることもあります)

⑤ 基本的に質問にはお答えできません(応対する時間もありませんし、時間が経っていて記憶が薄れているということもあります)

以上よろしくお願い致します。


 ソニーのカセットデッキ、TC-K777ESⅡです。(Ⅱは機種依存文字なので以下「2」と表記します)。1985年発売で定価は168,000円。当時のソニーカセットデッキの最上級モデルです。前身のTC-K777ESは名機の評判が高く、そのリファインモデルとしてのマーク2モデルですがデザインを含め大幅に変更された訳では無いので、前モデルに比べると印象が地味です。前モデルよりの変更点はFeCrポジションが無くなった事、再生アンプがディスクリート構成のDCアンプからOPアンプに変わった事等です。外観上のもっとも大きな変更点はバックパネルから大きく飛び出した2個のトランスケース(TC-K777ESは1つ)で、後のアイワXK-009等にもおそらく影響を与えたであろうその姿はいかにも高級機の証でカッコいいです。カセットデッキで「777」型番を持つものはこれが最後で、この後は「555」型番がソニーカセットデッキのフラッグシップとなります。

 性能的には当時の最先端を走っており、ドルビーC搭載、クォーツロックダイレクトドライブによるクローズドループデュアルキャプスタンの走行系、銅メッキをふんだんに使った頑丈なシャーシ、独立懸架レーザーアモルファス3ヘッド(対摩耗性はあまり褒められたものでは無かった様ですが)と至れり尽くせりでした。

 今回は、ハードオフで「電源入りました。動作せず。」で800円で入手。デッキメカの下カバーも無く外観もそれなりで投げ売り状態でした。

動作させてみると、電源は入りました。操作ボタンを押すとプランジャの「ガチャッ」という音はしますが、全く動きません。見るとメカ部のグリスが完全に固着している様です。ベルトも切れているかも知れません。

 1時代を築いたカセットデッキのリファレンスモデルと言われる機種でもあり、まずは部品の有無をソニーのお客様サービスセンターに問い合わせてみると、もうすでに消耗部品の在庫も無くなっており、修理も受け付けられませんとの事でした。従って出来る範囲での修理にチャレンジしてみました。



内部です。お金かかってます。高級オーディオ用パーツが贅沢に使われています。メカ部と音声基板部は分けられており、あちこちに銅メッキが施されています。音聴いてみたいなぁ。直るといいけど。


音声回路はLR独立に組まれています。


埃かぶってますが電源部。2基のトランスは本体より外に出ており、シールドケースに囲まれています。


その左側にはカセットメカの制御基板があります。


カセットメカを上部から見た所です。


メカ部を取り出しバラし始めます。カセットドア左側より順に分解していきます。


ヘッド部です。このレーザーアモルファスヘッドは対摩耗性が弱く、摩耗して修理に出された機体はキャノンの代替ヘッドに交換されているものが多いのですが、これはオリジナルのヘッドが付いていました。ピンチローラーは完全にグリス固着を起こしており、指で相当力を入れないと動きません。


送り出し側ピンチローラーです。これも完全に固着しています。この頃のソニー製品に使われていた茶色というか黄色というかのグリスは固着することが多く、このグリスを使った製品はのきなみ固着による動作不良を起こしているものが多いです。CDプレーヤーのトレイ開閉不良とか。ピンチローラーにヒビが入っていますが、もう部品がありませんので、仕方なくこのままです。何か他機種でローラー部分が流用できるものをいずれ探してみようと思います。


部品のグリス固着を丁寧にふき取りながらバラしていきます。モーターのコイル部分を取るとフライホイールが見えてきます。


アイドラーモーターです。左側のプーリーは再生用のアイドラーに繋がっています。このベルトの代替として同じソニーのTC-KA7ESのモードベルトを取り寄せてみたのですが、残念ながら太くて短く使えませんでした。付いていたベルトはまだ使えそうだったのでこのまま使うことにします。


グリスをふき取りながらヘッドプレートを外します。細かいローラーなどのパーツが多いので無くさないように気を付けながら作業を進めます。ヘッドプレートは裏側からEリングで止められていますので、裏返して作業しているうちに細かい部品がどこかへ行ってしまったなんて事が無いように。


この機体のヘッド摩耗はまだ許容範囲の様でした。大切に使えばまだ持ってくれそうです。


ベルト類を外した所です。フライホイールを抜くときはキャプスタンの軸部分にオイルシール(ワッシャ)が入っていますので無くさないようにしましょう。


このメカは初めてバラすので、良く構造や部品の取り付け方を観察しながら慎重にバラしていきます。昔だと図をメモ書きしながらやっていたんでしょうが、今はデジカメという便利なものがあるので、写真を撮りながら進めていけるので心強いです。すでにここまででグリス固着をふき取るのに疲れるほど固着が激しかったです。左側はリール・アイドラー部です。


リール・アイドラ部を前から見たところです。ネジ3本を取りバラします。


早送り・巻き戻し用アイドラー(中央)と再生用アイドラー(右側)が見えました。このアイドラーを支点で固定しているピンが完全にグリス固着を起こしており、全く動かない上に外れません。これでは確かに動作するはずがありません。仕方が無いのでマイナスドライバーでテコの様にしてピンを外しましたが、今度はこのダイキャスト製のアームから抜けてくれません。最後の手段で、プライヤーでピンとアームを挟み、ゆっくりと押し出せるだけ押し出し、出た部分をペンチで挟んでむりやり引き抜きました。可動部分なのでピンにキズを入れたくはなかったのですが、そうでもしないと抜けないほどひどかったです。


抜けたピンとアームの支点をグリスアップし、元に戻しました。今までのが何だったんだというほどアームの動きがスムーズになりました。各アイドラーのゴムもかなり摩耗していましたが、部品は無いので、とりあえす軽くヤスリがけして、ゴム用アルコールで清掃しました。


ちなみにアイドラーを抜いた後です。穴の部分まで固着していたのがわかるかと思います。


新しくグリスアップしながら逆手順で組み立てていきます。ちなみにグリスは田宮模型のラジコン用セラミックグリスを使いました。グリス自体の質がいいのはもちろんですが、あまり量を使わないので少量で売られているこのグリスを愛用しています。


一応組みあがりました。コンパクトに良くまとまっているメカだと思います。各所にアルミダイキャストが使われておりお金もかかっています。


メカ後ろ側です。キャプスタンベルトは伸びていたので今回TC-KA7ESのものを使いました。オリジナルと比べると若干細い(約2/3の太さ)ですが使えなくは無いです。

この状態で動作させてみました。すると早送り・巻き戻しはするのですが、再生にするとリールも回らずテープも送られず2~3秒で止まってしまいます。良く見てみるとピンチローラーがすんでのところで上がりきっていません。何度か組み立て直しをしてみましたが、状況は同じ。あと0.3ミリ程ピンチローラーが上がればキャプスタンに届くのですが・・・。


何度組み直しても同じ状況なので仮対策ではありますが、ピンチローラー側に細工をすることにしました。ピンチローラーを押し上げるスライドプレート側の軸に熱収縮チューブを3枚重ねで取り付け、軸厚を確保しました。これでうまくいけばピンチローラーがキャプスタンに届くはずです。


バラック(仮り組立て)の状態で動作確認します。やったね!。なんとか動きました。心配していたアイドラーのスリップやテープ走行の乱れもなく安定して動いています。動作したついでに各スイッチ類等をチェック。壊れている機能は無いようです。


とりあえず動作するようになりましたが、まだ仮対策の状態です。しかしながら視聴してみますと、うちのメインデッキであるアイワXK-009程のワイドレンジ感は無いものの、低域から高域まで気持ちよく出ており、原音を意識しながらも明るくパンチのある音だと感じました。さすが名機の誉れ高い機種です。


とりあえず音が出せる所までは行きましたが、ピンチローラーの仮対策が気になります。熱収縮チューブがそんなに長く持つはずも無いので根本的対策が必要です。音は非常に気に入ったので次回もう一度チャレンジしてみようと思います。

(2005年5月 記)

(後編に続く)


後編はまた後ほどアップします。

クラビノーバ(電子ピアノ)を手に入れてみた

保育園の頃、習っていたピアノ。通っていた個人の先生がやってたピアノ教室で男子は私一人。60年代終わり頃の田舎でピアノをやってる男の子というのはわりと珍しかったと思う。音楽は当時から好きだったし、ピアノの練習も嫌いでは無かったが女の子だらけの教室に通うのがいやだった。結局「黄バイエル」を終わったあたりで保育園の卒園と同時にやめてしまった。でもこの事が今でも私が音楽を趣味として続けるきっかけになった。さすがに家にピアノは買ってもらえなかったけど苦しい家計の中から当時男の子の私にピアノを習わせてくれた親には今でも感謝している。でも今のヤマハの教室とかと違って当時の先生は厳しかったなぁ。

その後、学校で教室にあったオルガン(当時はまだ電気オルガンは珍しく、学校では足踏み式が多かった)を弾いて遊んだり、買ってもらったピアニカを一生懸命練習したりと細々ながら楽器との縁は続いていた。でも合唱コンクールとかの伴奏は「今はもう習ってないから」と拒否していた。

中学・高校ともなると色気づいた連中が「カッコいいし女の子にモテるから」とまぁこんな理由でバンドを始めたりする。当時は70年代ロックバンドやニューミュージックの全盛期。「ロックなんて音楽じゃない、騒音だ」とか「フォークやニューミュージックなんて女々しい歌なんかやってられるか」と教室でやいのやいの。アコースティックギター対エレキギター論争なんてのもありましたね。でも大抵みんな「ギターでボーカル」って「4番でサード」みたいなポジションを取りたがってけんか別れしてるバンドも多かった。そんな中、キーボードが弾けるというのは重宝されていろいろ誘われたが断っていた。今でもあまり変わらないと思うが、キーボードなんてバンドの中の便利屋みたいに扱われることが多く、「おい、キーボード。俺のバックでこの音出せよ」なんて事が良くあるので正直バカらしくてやってらんねーと思っていた。そもそも楽器も買えないし。実はこの頃ひそかにギターも練習していて正直バンドやってる連中よりは上手かったのだけど口に出すことは無かった。質屋で買った中古のギターだったけど。

社会人になってからは忙しい中で時間をみつけてエレクトーンを習いに行った。実は保育園の頃から未来的な物に憧れがあった私は幼い頃聞いた当時まだ珍しかったエレクトーンの電子音に衝撃を受け、いつか習いたいと思っていたのだ。時は80年代初頭。YMOをはじめとするテクノポップの全盛期。シンセサイザーがようやく認知され始めた時代だった。結構なグレードまでは上達したが、とても住んでいたところにエレクトーン置ける環境では無く、やはり壁に当たってしまった。それにエレクトーンはヤマハ独自の楽器でピアノとは似て非なる物で奏法なんかも全く違う。大げさに言えばピアノを習った人はある程度エレクトーンが弾けるが、最初からエレクトーンで習った人はピアノに移るときに結構苦労するのである。

その後はすっかり鍵盤を弾くことも無く、代わりにのめり込んだのがコンピューターを使ったデスクトップミュージックだった。なんせ場所を取らない、いろんな楽器の音が簡単に使えて一人で1曲の全てを完成させることが出来る。これにハマって一時は無名パソコンゲーム会社のゲームのBGMをアルバイトでやったりとかしたが、そのうちあまりにもお手軽すぎることに飽きてしまってここのところはもっぱら音楽は聴くことのみとなっていた。

もう一度楽器を習いたいと思ったきっかけは、このブログと別にやってるホームページ、「がらくた文書工房」の中で立ち上げようとした「ジャンク楽器でGo!Go!80’Sサウンド」という企画が発端だった。この企画、立ち上げた後に転職が続いたりとかして開店休業、頓挫状態になってしまっているが、今はもうガラクタ同然に扱われてる80年代頃の電子楽器を格安ジャンクで手に入れてきて修理して再生、1曲完成させるまでをやってみようと始めたもの。これで最初にジャンク扱い3000円でデジタルシンセの名器「ヤマハDX7?FD」を入手した。電源が入らないという物だったが、電源の電解コンデンサーの寿命が原因でこれを取り替えてあっさり直った。久しぶりに弾く鍵盤楽器は私を拒絶した。指がまともに動かない。譜面を追うスピードが極端に遅くなっている。鍵盤楽器は日々の練習が大事、とは本当のことで長年のブランクに肉体の老化(笑)も重なって弾くほどにストレスが重なる。ショックだった。

あくまで趣味でやってるとはいえ、多少の自信はあっただけに落胆も大きかった。同時に今までやってきたことをこのまま失いたくないと思った私はピアノ教室へ通うことを考えたが、なにせ交代勤務&残業・休日出勤で個人のピアノの先生の教室とは時間が合わない。それに個人の先生というのは大人を教えるのが嫌いな人も多い。覚えが悪いからだ。結局私の生活時間に合うヤマハの門を叩いた。「大人の音楽教室」を開いているので時間に融通が利くからだ。

先生にはあえて初歩の初歩から教えてもらえるようにお願いした。どうせやるなら再度きちんと基礎から習いたいからだ。変な癖は取っておきたい。その後、仕事の都合で行けない日が続いたりもしたが今再度のチャレンジを頑張ってみようと思っている。

しかし習うとなるとどうしても家に練習するための楽器が要る。私の家にはシンセサイザーしかない。ピアノとはタッチが全く違う。運指の練習しかできない。住んでるのは安風情のアパートだ。本物のピアノなんて当然不可である。となると本物とは違うがピアノタッチを再現した鍵盤を持ち、ヘッドホンが使える電子ピアノしかないのだが、置き場はどうにかするとは言え安月給の身、楽器だけにお金が使える訳では無い。安い物でも新品は10万近く、中古でも気の利いた物は7万円前後するので半ば諦めていた。またモノになるかどうかわからないものにそれだけの金額を出すのは抵抗があった。私の師事した先生はヤマハの講師ではあるが、無理に楽器購入は勧めない人だった。でも「せめてクラビノーバクラスのものでもあるといいですね」と言っていた。とてもクラビノーバは買える値段ではなかった。ローランドやコルグはもっと高い。カワイはあまり好きな音では無い。カシオは・・・物の良い悪い以前に「CASIO」って書かれた楽器には抵抗がある。電卓なら迷わずカシオを買うけど。

そんな中、いつものようにオーディオジャンクを漁りにハードオフへ行った所、なんとクラビノーバがジャンクで置いてあった。それも11年落ちとは言え高機能のCVPタイプ、CVP-92という機種だ。もちろんピアノを模した鍵盤の搭載機種である。この年式の高機能型クラビノーバのジャンクは初めて見た。ジャンクなので保証も無いが1万円と格安である。音出しのチェックはやらせてもらえないが、鍵盤もヘタって無い、大きなキズも無い、取説他一式に専用イスもある。思わず店員に状態を聞いてみると「全鍵盤とも音は出てフロッピーも読めたが11年落ちなのでジャンクです」とのこと。知り合いの店員なので「買ってくれるなら特別に全鍵盤音が出るかくらいの確認はしてもらっていいですよ」とのことなのでお願いする。数時間後にはレンタカーで軽トラ借りて再度店を訪れていた。

てな訳で念願のクラビノーバが我が家にやってきた。これに不満が出るまでは頑張ってみよう。そのときは迷わず新機種を買おうと思うだろう。ただし、うちはモノだらけなので置き場を確保するのが大変で結局用意出来たのは6畳のキッチンルーム。湿気が気になるがこれ以上メインの部屋にモノを入れるとたぶん床が抜けると思うので仕方が無い。まるで「のだめカンタービレ」状態であるが2時間くらい一生懸命弾くととても気持ちいい。念願のクラビノーバを手に入れてまた練習を頑張ろうと思う今日この頃だ。

ところで・・・。「もしもピアノが弾けたなら」という名曲がある。もしも私が全く楽器をやってなかったらとても共感できる歌詞だ。でも実際にピアノは弾けても「ある特定の個人」に対して「思いの全てを歌にして聴かせよう」って思った事はさすがに無い。私の友人に高校時代これをやった奴がいる。そいつはギターをやってたんだが、当時の彼女に「君のために歌を作ったんだ」と言って家の電話の前でギター片手に1曲ぶちかましたそうで、「未だに思い出すだけで顔から火が噴きそうになる」とは今でも一緒に酒を飲むたびに聞かされては笑うほろ苦い青春の思い出である。でも、楽器使いとしては密かにいつか自分もやってみたいような気もするような気がする。多分やっちゃったら最後死ぬまで後悔すると思うけど。「あの時あれさえやらなきゃあ」みたいな(笑)。

中古パチンコ台の液晶でビデオモニターを作ってみる

私はとんと「大人の男のたしなみ」と称されるものには興味がありませんで、よく言われる「呑む・打つ・買う」てな事をやりません。酒は嫌いじゃありませんが、サラリーマンの必須科目であるゴルフ・パチンコ・競馬なども全く興味ありません。まぁ、出世はしませんね(笑)。

そんな私でも最近のパチンコ台はどんな台にも立派な液晶モニターが付いていることは知っています。

ずいぶん前に知り合いからパチンコ台から取り外した液晶画面をもらったのですが、それほど必要な使い道が無いのでそのままにしていたのですが、もったいないのでビデオモニターを作ってみる事にしました。ずいぶん前にパチンコ液晶でモニターを作るってのが流行っていたのは知っていて今更という感じではありますけど。


シャープの8インチワイドTFT液晶で「LQ080T3AG01」という型番のものです。探してみたらシャープのホームページにデータシートがあってダウンロードしてこれました。入力がアナログRGBなので簡単にモニターTVに改造できそうです。


液晶の裏に付いているパチンコ画像の送り出しROM基盤。ROMのシールから「サイボーグ009」のパチンコ台に使われていたものだと判ります。この基盤は必要ないので処分です。

アナログRGB液晶をTVモニターにするには秋月電子で売られているこのビデオ→RGBコンバータユニットを使います。これ、キットではなく完成品なので実にお手軽であります。だいぶ前に買ったんだけど2000円くらいだったと記憶してます。


液晶のデータシートとコンバータの回路図見ながら液晶の入力コネクタに配線していきます。ランドが広いのでハンダ付けも楽勝です。

液晶を入手した頃に少し調べていたとき、この液晶をモニターに改造するキットを売っているサイトがあって、この液晶用に加工したアクリル板を売っていたのでこれだけ当時ゲットしておいたのですが、やっと活用できました。アクリルの加工しなくて良いのでラクチンです。


作業時間30分程で完成です。このコンバーターには5W程度のモノラルアンプの回路が乗っているので小型スピーカー付ければモノラルで音が出せるのですが、今回はとりあえず画面表示のみにしました。使い道によっては小さなステレオアンプとノートPC用の小型スピーカーでも付けてみるのもいいかも知れません。


完成してテストです。レーザーディスクを繋いでみました。写真では少し滲みがあるように見えますが実際の画像はクリアです。ワイド液晶なのでDVD繋いだり地デジチューナー繋いだりいろいろ使い道はあると思います。とりあえず今は地デジレコーダー繋いでパソコンのモニターの真横に置いてパソコン作業中のテレビのチェックに使おうかなと思います。テレビあまり見ないですが。

ああ、それにしてもルパンはやっぱり山田康雄だなぁ・・・。

ノートパソコンをパワーアップしてみた

部屋の中でのサブ機として、また滅多にないけど持ち歩く時のために持っているノートパソコン。

企業リース上がりと思われるものを中古で購入して快適に動いています。メーカーはDELL。

DELLは壊れやすいってイメージを持っていてあまり好きでは無いのだけれど安かったのと、もともとメーカー品と言ってもここのは組み立てパソコンみたいなものなのでパワーアップするときにバラしやすいとの理由でチョイスしたもの。

ペンティアムM1.4GHz、メモリ512MB、HDD20GB、DVDコンボドライブ、WindowsXP professonalのリカバリCD付きで3万円ちょっとで購入しましたが少し不満が出てきたのでパワーアップしてみることにしました。

まずはメモリの増設。

最近のノートのメモリスロットはネジ1本で開くようになってるものが多いので、メモリのタイプと対応してるメモリ容量の上限値だけわかってればそんなに難しい作業ではありません。パソコン工房で4千円弱で512MBメモリを買って装着。メモリはまれにパソコンとの相性があって、ひどいときには認識すらしてくれない事もあるので買うときは購入金額の1割り増しで相性保証なるものをつけておいた方が万一の時に損しないですみます。これでメモリは倍の1GBに。

次にHDDの取り替え。

私のDELL機の場合はネジ1本でHDDが取り外せるようになってますので作業は楽勝でした。これがNECとか富士通とかのノートだとかなり本体をバラさないとHDDの交換ができないようになっているものもあります。

HDDはちょっとがんばって元の20GBを取り外し、160GBを装着。2.5インチHDDはまだそれほど割安感ってありませんね。ずいぶん安くはなったんだけど。

取り外したHDDはこういうケースを買って組み入れるとUSB接続の外付けHDDとして利用することができます。20GBでもちょっとしたときはかなり重宝します。このケースは結構仕上げに高級感があってい感じですが、HDDケースも安くなりましたね。

最後にドライブの交換です。DVDが読めるだけで書き込めないのはやはりつらいので、今回は書き込み型マルチドライブを購入。新品なんだけど、いわゆる初期不良なんかで返品されたパソコンから正常なドライブを抜き取った「抜き取り品」というやつです。東芝サムスン製で3千円。普通に買うとノート用は結構高いのでいわゆる「訳あり品」というやつですね。

左が最初に付いていたドライブ。右が今回のドライブです。ベゼルが微妙に合わなかったので今回購入したドライブのベゼルを使用することにしました。色が合わないけど。このノートはDVDドライブとFDDを交換できるようにマウンターが付いてるので、マウンターのリリースレバーが干渉しないようにベゼルに切り欠きを入れて加工しました。ドライブ交換の時は購入したドライブがマスター設定かスレーブ設定かが重要な条件となり、これがまともに設定されてないと認識してくれません。今回はあらかじめスレーブ設定のドライブを買いましたが幸い一発認識でした。

無事装着完了。色が違うのと形状の関係上少し奥に引っ込んだ形になりましたが動作に問題はありません。ノートの場合、やはり外付けドライブって持ち運びにくいし邪魔なのでがんばって内蔵型を取り替えるのがいいですね。ちょっとした作業には重宝するパソコンなのでこれでまだまだ長く使えると思います。パワーアップ後は快適そのもの。ノートが今となっては遅くて・・と言う方はデスクトップより手間はかかりますがパワーアップしてみてはいかがでしょうか?。

懐かしのPC-98

 おととい梅雨の合間の晴れ間を利用して、半分死蔵になっているマシンの風通しをして出かけました。

 懐かしのPC-9821As2とPC-9821Ap3です。昔、いよいよパソコンの廃棄が有料になるよという時にハードオフなどを廻って確保しておいたものです(叩き売りだった)。PC-9821シリーズの場合、DOSで使うならAシリーズと言われていたのでそのとおりAシリーズを確保しておきました。PC-98シリーズには個人的な思い入れがかなりあります。

 初めて手に入れたマイパソコン(当時はパソコンじゃなくてマイコンと言っていた)はNECのPC-6001でした。高校の友人が新品で買って使いこなせずに手に余っていたものを超格安で譲ってもらったものです。このマシンで相当遊びました。当時のI/Oやアスキー、マイコンベーシックマガジンなどのリストを打ち込みつつコンピューターを覚えるきっかけになりました。

 大型汎用機のシステムエンジニアをやっていた頃は当時の主流だった8ビット機の中からFM-7を買ったこともあったのですが、なんせ仕事で下手すると徹夜でキーボード叩いていたものですから、うちに帰ってまで触ろうという気が起きずにゲーム以外であまり活用しませんでした。

 その後コンピューターとは直接関わりのない仕事に就いた時に、なんだかこのままコンピューターから離れてしまうのが寂しくて買ったのがPC-9801でした。このマシンで趣味としてのコンピューターいじりというのが始まってしまい、今に至ります。

 MS-DOS、プログラミング、パソコン通信、ゲーム・・特にゲームはPC-98の場合、圧倒的に18禁(俗にいう「エロゲー」)のラインナップが実に多く、それらを最初は志の低いバカなゲームと毛嫌いしていたのですが、友人から「ダマされたと思ってやってみ」といわれた18禁ゲームがあまりにストーリー的に素晴らしく、「18禁」だからこそ描写可能になるのは何もエッチなシーンばかりではないと言うことに気づかされたのもいい思い出です。(確かにバカな志低いゲームもいっぱいありましたけどね(笑))。

 うちではまだPC-98は現役で動いています(エプソンの98互換機PC-486SEがメイン機)。主にDOSゲームの起動が目的です。このあたりも最近はみんなエミュレーターでやるんでしょうが、パソコンもやっぱり私は実機主義を捨てられないんですよねぇ。

プロフィール

缶コーラ

Author:缶コーラ
山口県在住。ローカルなネタを含めて
何でもアリで書いていきたいと思います。

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